CRMの要は,「コンタクト・トラッキング&マネジメント」だ。

 コンタクト(接触履歴)をトラック(追跡)すると,いろいろなことが浮かび上がってくる。接触履歴は購買履歴の上位の概念である。購買履歴はその人(顧客)の嗜好をおぼろげながら把握することができるが,接触履歴は単に嗜好というレベルを超えて,購買行動,利用行動,さらには次に何を買う,あるいは利用するといったことを予測することが可能になる。マーケターにとっては,「打ち出の小槌」といったところだ。

ログの取得と分析の重要性

 ITを専門にしている方には、ログをこまめに取得することの重要性を思い浮かべれば,接触履歴の有用さをわかっていただけると思う。ソフトウエアであれば,ログを分析すれば問題が発生した時の状況や,その発生の仕方などが浮かび上がる。パソコン・メーカーにおけるヘルプ・デスクを想定してみよう。ログを定期的に取得し分析すると,例えば,「問題のある機種は何か」といったものが見えてくるわけだ。

 コンタクト・トラッキング&マネジメントの歴史的な経緯は私が日経情報ストラテジー誌に寄稿した連載を参照していただきたい(ITPro注:こちらでも全文を閲覧できます)。米国におけるコンタクト・トラッキング&マネジメントの最初のケースは,米AT&T社が1980年代半ばに開設した「テレセールス・センター」だ。それ以来,米国ではコンタクト・トラッキング&マネジメントの技術と,それを支えるITの研究や商品化が活発に行われてきた。米国発のCRMソフトが世界を席巻しているが,起源はここにある。

記録を作成する視点や方法にコツがある

 コンタクト・トラッキング&マネジメントで重要なポイントは二つある。一つは,コンタクトの記録を作成すること。もう一つは,作成した記録を定期的に分析することである。

 コンタクトの記録を作成するに当たっては,記録するべき情報の切り口や項目をうまく設定することが重要である。

 例えばコンタクト・トラッキング&マネジメントでは,接触した相手(顧客や見込み客)ごとに記録を作成するのがセオリーだ。セールスのプロセスを可視化するためである。顧客ごとに記録すれば,「顧客Aとの商談はかなり進んでいるが,同じような内容であるはずの顧客Bとの商談はあまり進んでいない。これはどういうことか」といった着眼点の設定や分析につなげやすい。

 営業や販売の分野ではしばしば「営業日報」が取り上げられるが,これは営業担当者ごとの活動記録である。労務管理には適しているが,コンタクト・トラッキング&マネジメントには適さない。

 コンタクト・トラッキング&マネジメントでは訪問面談だけではなく,電話やファクシミリ,電子メール,ダイレクト・メール,印刷物の配布など,「コンタクト」に含まれるものは可能な限り克明に記録する。当然,相手からのフィードバックも記録する。そうすると,セールスのプロセスがどこまで進んだかがいっそう明確にしやすくなる。

 IT技術,つまりCRMソフトは,コンタクト・トラッキング&マネジメントに必要不可欠なツールである。ただし,決してCRMソフトを起点にコンタクト・トラッキング&マネジメントを導入・適用しようとは考えないでいただきい。そのようなプロジェクトは必ず破綻する。

企業に必須のコンタクト・トラッキング&マネジメント

 私はさまざまな製品やサービスのマーケティング戦略についてコンサルティングしている。失礼ながら,顧客の多くは,コンタクト・トラッキング&マネジメントについてあまり理解がない。

 学術的なことについて知らないのは,ある程度仕方のないことだ。しかし,企業活動をする上でCRMの考え方は欠かせないし,CRMの要であるコンタクト・トラッキング&マネジメントの基礎知識は絶対に知っておいたほうがよい。だから私は,コンタクト・トラッキング&マネジメントの知識が日本にあまりにも定着していないことに危機感を覚えている。

 しばらくは皆さんに説教めいた文章を書くことになりそうだが,私がコンサルタントとしてしばしば顧客に説教をしたくなるほどの事例に出くわしている証拠だと理解していただければ幸いである。

 マーケティングはフィールド科学だと言われているが,私の経験上,それは真実だと思う。そしてマーケティングでは,仮説は必ず検証されなければならない。CRMやコンタクト・トラッキング&マネジメントの分野は,まだ仮説の段階が多い。それをコンサルタントとしての仕事を通して確かめつつ,この「CRM WatchDog」を書きつづっていこうと考えている。コメントや問い合わせはITPro Watcherのコメント欄や,私のメール・アドレス(crm_watchdog@yahoo.co.jp)に遠慮なくお寄せいただきたい。経験と知識の共有は,コンサルタントの永遠の課題だからである。