米MicrosoftがCRMソフトを日本市場に投入すると発表してから(参考記事),私は同社のCRM製品の動向と,米国での評価を調査し続けている。

 日本国内に伝えられるニュースは,米Microsoftが国内に投入すると発表したCRMソフト,「Dynamics CRM」関連ばかりである。だが米Micrsoftが持つCRM製品は,ほかにも3種類ある。しかもそれらの製品は,CRM市場の各セグメントに適合した,意味ある製品なのだ。

 だからマイクロソフト日本法人のライバルとなるCRMソフト・ベンダーも,CRMソフトを扱うソリューション・ベンダーも,Dynamics CRMばかりに目を奪われていると,国内のCRM市場での事業機会を見失う。

 損をするのは日本のユーザー企業も同じである。潜在的に活用できるCRMソフトの存在を知らなければ,CRM実践の機会を失う。

市場機会を見誤ったマイクロソフト日本法人

 米Microsoftが最初に投入したCRMソフトは,「Business Contact Manager」である。今は英語版「Outlook 2003」に一機能としてバンドルされている。ユーザーは英語版のOutlook 2003を使うことで,自然にコンタクト・マネジメントを理解し,営業活動の様式を徐々に“CRM的”な方向へストレスなく移行できるという効果がある。

 私は繰り返し「ACT!」というCRMソフト(開発・販売元は米Sage Software)の価値を訴え続けている(参考記事)。Business Contact Managerはそれと同じ位置づけの製品である。

 ACT!が日本で売られてない現在,Business Contact Managerが日本のCRMを発展させるいいツールだと私は考えていた。しかし, マイクロソフト日本法人はOutlookの日本語版をリリースするに当たって,Business Contact Managerを外してしまった。その理由は何も語られていない。「コンタクト・マネジメント」の理屈は,実際に体感して初めて理解できる。日本市場には,ACT!のように個人で使い始めて,その有効性が体感できるデスクトップ製品がない。私はこれがCRMが広がらない理由の一つだと考えている。

 マイクロソフト日本法人はOutlook日本語版のアドインとして,「Interconnect」を販売している。マイクロソフトは「パーソナル・リレーションシップ・マネジメント・ソフトウエア」と呼んでいる。コンタクト・マネジメントとは冠していない。その理由をマイクロソフトの担当者に質問したところ,「コンタクト・マネジメント機能が弱いのでコンタクト・トラッキングには向いていない」ということだった。

 マイクロソフト日本法人は,実際どのCRMソフトを日本市場に投入するのかを明確には説明していない。私は,やはりOutlook 2003のBusiness Contact Manager機能を投入してほしいと考えている。

日本に欠けている中小ユーザー企業向けのCRM

 そこまで私がACT!やBusiness Contact Managerにこだわる理由は,CRMソフトを必要としているユーザー企業は大企業ばかりではなく,中小企業もCRMソフトを切に必要としているからだ。そして中小のユーザー企業がCRMソフトを導入しようと試行錯誤する状況が生まれてはじめて,日本のCRMが成熟し始めたと言える。

 米Microsoftが開設している中小企業向けのWebサイト,「Small Business Center」では,CRMについてやさしく紹介している。読んでいくと,そこそこの費用を支払えば容易にCRMソフトを導入できそうに思える。

 一方,マイクロソフト日本法人のWebサイトには同種の説明はまったく見られない。それはマイクロソフト日本法人に限らず,日本のCRMソフト・ベンダーに共通に見られる傾向だ。

 日本市場でしばしば説明にコストをかけられているのは,極めて難しい高機能で,インプリメンテーションに多数のプロジェクト要員が必要な,大規模なCRMソフトだ。高価格(高費用)であるがために,見合った成果を産み出すのも難しい。だからみなCRMソフトの導入に躊躇する。

 巷にあるパソコン教室でCRMソフトの新規ユーザー向け研修が開かれ,そこに中小ユーザー企業から参加者が集まる。こんな姿が現れてはじめて,CRM市場が成熟し始めたと言える。当然,いまの日本はその姿にはほど遠い。

「マルチテナント」の意味

 まだ具体的な製品の姿としては見えてきていないが,マイクロソフトは「マルチテナント型CRMソフト」の開発を表明している。英国のインターネット誌が12月9日に米Microsoftのジェネラル・マネジャー,Brad Wilson氏の話として伝えた(出所はhttp://www.crmandcontactcentre247.com/)。記事を書いた記者が米シアトルで開催されたMicrosoft主催の昼食会に出席して,その席でのWilson氏が語ったという。Dynamics CRMをMicrosoftが持つ一つ目のCRMソフト,Business Contact Managerを二つ目のCRMソフト,Interconnectを三つ目のCRMソフトと考えると,このマルチテナント型CRMソフトは四つ目のCRMソフトと言えるだろう。

 マルチテナント型CRMとは要するに,OEMのソフト版である。実態としてはMicrosoftのCRMソフトだが,外見はA社やB社のCRMソフトとして売る,というものだ。Microsoftは開発中のこのソフトで,CRM分野のライバルである米Salesforce.comや米RightNow Technologiesに対抗しようとしている。

 このソフトの出荷は,同社のパートナーを取り込んだ対抗戦略として巧みな選択だと言えるだろう。他社製品の販売を優先させているパートナーをMicrosoftに引き戻すことが可能になる。また,パートナーにCRMのASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)事業を展開してもらうことで,ASP志向の強いユーザー企業を取り込める。CRM分野ではASP型のサービスの需要が伸びているが,MicrosoftはまだCRMソフトのASP型サービスを提供できていない。私はマルチテナント型CRMソフトの戦略は,日本のCRMソフト・ベンダーにも大いに参考になると思っている。

市場機会に与えるインパクト

 米国の調査会社のレポートを読んでいくと,CRMソフトの市場が興味深い構造になっていることに気付く。市場の半分はCRMソフト・ベンダーのライセンス料やメンテナンス料で占められるが,残りの半分は,コンサルタント費用,教育訓練費用,それにCRMソフトの導入に要する費用などだ。

 つまり,ユーザー企業はCRMソフトを使おうとすると,ソフトの料金よりも,導入費や教育訓練費のほうが高くつくことを示している。当たり前のことだが,CRMソフトを導入するには有能なインテグレータが不可欠というわけだ。

 だからこそマイクロソフト日本法人がCRMソフトを市場でスムーズに立ち上げるためには,導入支援サービスを専門的に提供する企業をうまく育成する必要がある。

 パソコンを購入したら,そのセットアップとインターネット接続を“有料”で請け負うサービスがついてくるのと理屈は似ている。ただ,個人向けのパソコン・セットアップ・サービスと違うのは,ことがセールス・マネジメントやマーケティング・マネジメントの支援だからだ。この点は,別の機会に詳しく説明したい。

Microsoftとユーザー企業の結びつき

 米国におけるDynamics CRMの導入事例はまだ公式には発表されていない。私は小売業や金融サービス業で意外な企業が利用しているのではないかと考えている。

 米Microsoftは全米小売業連盟(NRA)と良好な関係を続けており,POSシステムの開発をリードしてきた。キャッシュ・レジスタの電子版として発達した日本型のPOSとは違って,売上伝票登録システムとして発達した米国のPOSは,容易にCRMシステムと結びつくことができる。

 またMicrosoftはサプライチェーン管理に向けたソフト製品にも注力している。最近サプライヤとの関係を改善し強化する「PRM(パートナー・リレーションシップ・マネジメント)」という考え方が出てきている。これにDynamics CRMを適用することも理論的には十分可能だ。

 米国におけるタブレットPCの動向を調べていると,金融サービスの分野で,Microsoftが組織したコンソーシアムの加盟企業がしばしば登場する。同社と中小金融業との結びつきを証明するものでもあるが,そもそも米国では金融サービス分野におけるCRMが非常に活発だ。日本の金融サービス分野は一部を除き,CRMが議論される状況にはまだたどり着いていない。金融庁が「リレーションシップ・バンキング」の考え方を中小金融機関に指導し,その結果,各金融機関がようやく取り組みを表明しつつある,という状態だ。

4種類のCRMソフトが秘める可能性

 マーケティングは必ず市場をセグメントして標的顧客を設定する。CRMソフトについてこの原則を当てはめてみると,米Microsoftが持つCRMソフト4種類のラインナップは,どの市場にも標的顧客が設定できる。つまり,個人やSOHOでも,中小企業でも,大企業でも,該当する製品がある。Microsoftブランドの市場への浸透度合いからすると,万全といっても過言ではない市場環境だ。なにせOSやオフィス・ソフトに至るIT活用の入口のほとんどを,Microsoftブランドが押さえているのだから。

 MicrosoftはすでにCRMソフトを市場に投入していることもあって,自社CRMソフトの情報を豊富に提供している。しかしマイクロソフト日本法人は,日本のユーザーに向けたCRMソフトの情報をまだ発信していない。だからマイクロソフトには,製品と海外における導入事例の情報をどんどん発信してほしい。それは販売パートナー企業やユーザー企業のためでもあるし,結局はマイクロソフト自身のためでもある。