IBM社は現在,特許その他の知財によって年間数千億円のロイヤリティを稼ぎ出しているといわれているが,同社の特許戦略の起源は金稼ぎではなく,Freedom of Actionである。これは一見してわかりにくい概念であるが,要するに,数多くの競争力ある特許を取得することによって,事業活動の自由(Freedom of Action)を作り出していこうというものである。

 どうして,「多くの競争力のある特許の取得」が「事業活動の自由」に結びつくのだろうか。

 事業活動や研究開発活動は,第三者の取得する一片の特許によって,停止,再考,修正を余儀なくされる。特許侵害は(特に米国では)膨大なペナルティを伴うからである。このような停止や修正は,それまでの投資を無にし,研究開発やビジネスのスピードを鈍らせる。

 ところが,自身が「多くの競争力のある特許を取得」していれば,第三者の特許によって立ち止まる必要がない。なぜならば,自身の方がその第三者よりも優れた特許を多く持っているのだから,いざ訴えられたら十倍にして返せばいい,と腹をくくれるからである。自分の特許を侵害されたと思った者の立場から考えれば,IBMに権利行使すれば10倍のおつりが来るのだから,IBMに対してはよほどのことがない限り権利行使できない。結果として,IBMのような「特許富豪」は,特許リスクに多くの注意を払うことなく,あらゆる研究開発を行うことができるがゆえに,スピードをゆるめることなくビジネスを進めることできるのである。

 このような研究開発とビジネスに対して自由な状態がFreedom of Actionであり,これを特許力(特許ポートフォリオ)によって作り出す戦略が70年代のIBMが採用した特許戦略だったのである。

 余談であるが,同社が特許を積極的に金に換え始めたのは90年代以降である。当時,IBM社はコンピュータのダウンサイジング化に乗り遅れて,危機的な経営状況に陥っていたのであるが,その際,苦肉の策として特許によるロイヤリティ取得を始めた。Freedom of Actionを実現できるほど強力なIBM社の特許は,ロイヤリティ取得においても大きな威力を発揮し,瞬く間に年間数千億円のロイヤリティ収入につながるのである。確固たる統計はないが,ロイヤリティ収入額も同社は世界一であろう。