マイクロソフトアジアリミティッド エンタープライズサービス統括本部 部長 目野尊史氏
マイクロソフトアジアリミティッド エンタープライズサービス統括本部 部長 目野尊史氏
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 マイクロソフトアジアリミティッド エンタープライズサービス統括本部 部長 目野尊史(めの・たかひと)さんと出会ったのは、2002年9月17日に仙台で開催されたThe Day Of MCPの会場だった。このイベントは、タイトルからわかるように、MCP試験の合格者を対象とした高度な技術カンファレンスである。二人のスピーカーが登壇し、それぞれ2時間ほど講演を行う。グレープシティの本社が仙台にあることから、スピーカーの一人として光栄にも私が選ばれ、もう一人が目野さんだった。目野さんは、SE歴20年の大ベテランで、マイクロソフトの大阪営業所に勤務されていた。

 講演の順番は、私の方が先だった。私は、.NETの概要を説明し、Visual Studio .NETを使ったWebサービスの作成方法などを紹介した。当時は、まだ.NETが普及し始めたばかりの頃だったので、MCP試験の合格者(濃い人たち)であっても十分に満足していただけた内容だったと思う。講演が終わって控え室に戻り「Visual Studio .NET は、あまりも機能が豊富なので、2時間では足りなかったですね」と話しかけると、目野さんは「.NETをわかりやすく紹介してくれてありがとう」と優しく答えてくれた。

 「目野さんは、どんなテーマで話されるのですか?」と訪ねると、「酒屋さんの大福帳を例にあげて、とても当たり前の話をします」とのことだ。ははあ、マイクロソフトの社員であっても現場のSEでは、最新技術の話ができないんだな...と、ちょっぴり優越感を感じた。ところが、その優越感は、2時間後に木っ端微塵に砕け散ってしまった。目野さんの講演内容が、あまりにも素晴らしかったからだ。

 目野さんの講演は、「ITとは、高度なコンピュータ技術の導入ではなく、情報を活用する技術である」という趣旨のものだった。技術偏重になりがちな若手ITエンジニアへ、先輩からのアドバイスという感じだ。酒屋さんの大福帳というのは、コンピュータを使わなくてもIT(情報活用)を実践できるという例である。漫画のサザエさんを思い浮かべてみよう。三河屋のサブちゃんという御用聞きが登場する。「サザエさん、そろそろお醤油が切れますよね」「明日はマスオさんの給料日ですね。いつものビールを買って冷やしておきましょうよ」どうして、こんなに適切なセールスができるのか? それは、大福帳にサザエさん宅の情報が記載されているからだ。情報を活用する技術として大福帳が使われている。これがITというものだ。もしも、三河屋さんが、隣町まで営業範囲を広げたり、ペットフードまで取り扱うように事業拡大するとしたら、手書きの大福帳のITでは限界となる。そのときになって、はじめてコンピュータが役に立つのである。

 講演は、テンポ良く進んで行った。目野さんは、落ち着いた低い声で、ゆっくり丁寧に話す。私は、目野さんの話にグイグイ引き込まれてしまった。会場の受講者全員も同じだったろう。現場の経験に裏付けされた、実に説得力のある話だ。聞きかじりの新技術の上っ面だけを説明した自分が、本当に恥ずかしい。そして、講演の最後に目野さんが言った言葉が、これまた最高に素晴らしいものだった。

 それは「ITバブルは、これからだ!」である。このときだけは、目野さんも声を張り上げていた。「自動車を買って、すぐその日に乗れないのはなぜでしょう? 情報の連携ができていないからです。まだまだIT化すべきことは、社会にたくさんあります。皆さんは、受身ではなく、自ら進んでITを提案しましょう」受講者を元気にしてくれる素晴らしいメッセージだった。目野さん、本当にありがとうございました。私は、受講者の一人として盛大な拍手を送った。

 その後1年ほど経ってから、日経システム構築から連載記事の執筆依頼があった、私は担当のM記者に目野さんのことを話し「SEを元気にする12の言霊」という企画を持ち込んだ。コンピュータ業界で活躍する元気な人たちを取材し、その元気を支えている言葉(言霊)を聞き出すというものだ。読者が、元気な言葉を真似して言ってみれば、健康ドリンクを一気飲みしたような爽快感が得られるはずだ。ゲスト候補は、とにかく目野さん、目野さん、目野さん。そして○○さん、△△さん...と何人か当てがある。企画がOKとなった。それでは、レッツゴー! ということで、あらためて「ITバブルは、これからだ!」の言霊を聞きに、私は、大阪へと向かったのだった。2003年の暮れのことだ(つづく)。