ティム・オライリー氏
ティム・オライリー氏
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 12月4日から5日間,アメリカ西海岸を訪問し,「Web 2.0」の提唱者,ティム・オライリー氏にインタビューする機会を得た。同氏が1978年に設立したオライリー・メディア社は,コンピュータ産業のトレンドと最先端技術を数々の出版物やカンファレンスなどを通して紹介してきた。オライリー氏自身はフリー・ソフトウエアやオープンソース運動にも参加し,技術分野の伝道師的な存在として知られる。同氏が2005年9月にWeb上で公開した論文「What is Web 2.0」によれば,Web 2.0の概念はオライリー・メディアとメディアライブ・インターナショナル社とのブレイン・ストーミングから生まれた。Web 2.0という概念の着想を得たプロセスから,最近注目しているトレンドまでを聞いた(聞き手は小林 雅一=ジャーナリスト,KDDI総研・リサーチフェロー)。

――Web 2.0の着想には,どのようにしてたどり着いたのか?

 私はWeb 2.0に関する論文を書く前から,オープンソース化によるパラダイム・シフトについてずっと考えてきた。その過程でパーソナル・コンピュータ時代とインターネット時代の類似点を引き出した。そのうち最も重要な点は,「人々は古いパラダイムから逃れられない」ということだ。例えば,かつてのIBMは「自分たちはハードウエア企業であり,ハードウエアを作る企業が業界の中心である」と考えていた。しかしパソコンの普及によってハードウエアが標準化されると,業界の中心はソフトウエアに移行した。それを理解できなかったIBMは,主役の座をマイクロソフトに譲り渡してしまった。

 それと全く同じパターンが今,繰り返されていると私は思った。オープンソースとインターネットはソフトウエアをコモディティ化し,その結果,「価値」が別のものに移行した。問題はそれが何かということだ。私は当初,それを「infoware」と呼んでいた。infowareは一連の概念だ。まず何か新しい大規模なデータベースを伴ったアプリケーションが存在し,それは集合知(collective intelligence)を生かすことによって,より多くの人々が使うほどシステムが改良されていくというものだ。

 infowareはまた新種の開発モデルも含んでいる。つまりベータ版が永久に続く過程で,(企業は)ユーザーの反応に応えて常に新しい特徴を追加しなければならない。これもまた,集合知の一つの応用例だ。

 infoware,すなわちWeb 2.0に関するこれら一連の概念はそれ以前とは全く違うものなので,(企業には)新しい競争力が要求された。サーバー基盤の構築コストが,業界に参入しようとする企業への障壁となった。ユーザーを囲い込む要素はソフトウエアではなくデータベースになった。このように,Web 2.0とは新しい技術ではなくむしろ新しいビジネス・ルールを意味する。多くの人が,Web 2.0をAjaxやマッシュアップなど単なる技術として捉えているが,それは誤解だ。とは言え,我々が2007年の春と秋に開催する「Web 2.0 Expo」では,より技術面のことに焦点を当てるが。

――IBMが未来を予測できなかったように,どんなに賢い人たちでも正しく未来を予測することはできないのだろうか?

 未来予想は「当たり」より「外れ」が多い。なぜならそこには予測不能な要素が必ず含まれるからだ。私は未来予想をあまりしたくない。むしろ,「今ここにある未来」を把握しようとする。我々はWeb 2.0について非常に早い時期から議論を始めていた。それができたのは,既に当時からWeb 2.0を実践する一部ハッカーの存在を知っていたからだ。技術がこれからどの方向に進もうとしているかを知ることができるのは,技術が既にその方向に進んでいるからだ。問題はそれに着目できるかどうかだ。

――今,着目しているトレンドは何か?

 一つはP2P(Peer to Peer)の復活だ。多くの人々がP2Pをファイル共有と同一視し,海賊版の問題などから「P2Pはもう終わった」と思った。しかし我々は以前からP2Pとはネットワーキングに対する新たなアプローチであると考えていた。それは昨今のSkypeの普及によって証明された。しかし,そこで終わりではない。P2Pの分野では今後,常識を破壊する革新技術が生まれるだろう。

 もう一つのトレンドは「Second Life」のような多人数参加型のオンライン・ゲームだ。今,何が起きているかというと,それは仮想空間で長い時間を費やす世代の出現だ。これによって現実世界と仮想世界が統合されつつある。人々は仮想と現実を行ったり来たりして,その両方で会議やパーティを開いて,新しい経済を構築しようとしている。

――Second Lifeの住人(ユーザー)は,社会・経済活動から政治活動まで,現実世界をシミュレートしようとしている。しかし,なぜ現実世界と同じことを仮想世界で繰り返す必要があるのか?それが一体,何になるのだろうか?

 注意しなければならないのは,今の仮想世界はまだ初期段階にあるということだ。それはちょうど1994年頃のWebのようなものだ。当時のホームページは,せいぜいパンフレットのようなものだった。そして人々は「こんなものが何の役に立つのか?」と言ったものだ。しかしその後,Eコマースなどが生まれて,人々はWebが持つ経済的な意味を理解した。

 つまり現時点の仮想世界はまだパンフレットのように未熟なものだ。それは今後,発展を遂げ,やがて現実世界でやり難いことを仮想世界で実現できるようになる。もし,それが良いものなら,人々はそれを現実世界に応用するだろう。

――仮想世界に危険性はないだろうか?たとえば(仮想通貨を現実通貨と交換する)RMT(Real Money Trading)は,米国ではOKのようだが,日本のゲーム・メーカーは禁止している。あなたははどちらを支持するか?

 RMTは絶対に(現実)経済に組み込まれるべきだ。たとえ禁止したところで,人々はeBayを使って売買するだろう。つまり制御できないのだ。それはまた,国家的なトレンドでもある。金融市場をはじめ,我々の経済活動は益々仮想化している。なぜゲームの仮想世界で作り出された事物だけが,それと違うということになるのか。確かに危険性はあるが,それは何でもそうだ。我々はゲーム経済を排除するよりも,むしろ,それを適切に機能させる仕組みを検討したほうがいい。

小林雅一(こばやし・まさかず)
ジャーナリスト,KDDI総研・リサーチフェロー,情報セキュリティ大学院大学・客員助教授。1963年,群馬県生まれ。85年,東京大学理学部物理学科卒。87年,同大学院・理学系研究科・修士課程修了。東芝,日経BP社勤務を経て,95年に米ボストン大学でマスコミュニケーションの修士号を取得。著書は「欧米メディア・知日派の日本論」(光文社ペーパーバックス),「隠すマスコミ,騙されるマスコミ」(文春新書)など多数。