米Microsoftは3月第4週の終わりに,Windows部門のトップ交代を発表した。Office部門を長く担当したSteven Sinofsky氏をWindows部門に移し,Windows Vista後の計画立案を任せる。筆者はSinofsky氏に会ったことはない。極めて有能な人物との評判だが,Windowsの担当者としては適任だとは思えない。今回の再編は,この数年間にWindows部門の直面した問題からMicrosoftが何も学ばなかったことの証しと言えるだろう。

 現在のMicrosoftは過渡期にあり,いまだWindowsおよびOfficeという「ドル箱」に頼っている。WindowsとOfficeは,いずれも巨大で融通の利かない一枚岩(モノリシック)のソフトウエア製品である。ソフトウエアがフロッピ・ディスクで販売されていた時代に初めて登場し,それ以来,徐々に進歩を続けてきた。Officeのコードは全面的に書き直したことが一度もない。Windowsは1回だけ書き直したが,それはWindows NTプロジェクトが始まった90年代初めの話だ。それからOfficeとWindowsは,今となっては10年以上前のソフトウエア・プロジェクトの上に次から次へと機能を積み重ね,現在のソース・コードができあがった。

 こうした事態を長引かせてしまうMicrosoftの企業文化は,Bill Gates氏やSteve Ballmer氏などの指導者によるもので,創業当時やBallmer氏の入社した1980年ごろから存在し,今も残っている。彼らは,WindowsやOfficeのトップ製品として地位を確固たるものとした指導者だが,会社の足をいまだに引っ張る独占禁止法違反に加担した人々でもある。

適任者がほかにいたのではないか?

 ところでSteven Sinofsky氏はどうなのだろうか。Sinofsky氏は,Office製品部門が新設された1990年代なかばに同部門の担当者となり,Gates氏に信頼される右腕を務めてきた。Microsoftの古参幹部の1人であることを考えると,Sinofsky氏はWindowsを転換させる際のリーダーとして不適切だと考えられる。MicrosoftはSinofsky氏に担当させるのではなく,新たなアイデアを探すべきだった。外から新しい人材を取り入れるべきだった。かつてMicrosoftは,ある2つの部門で適切なリーダーを選択することによって,その部門だけでなく会社全体の改革にも成功している。その部門とはもちろん,MSNとXboxのことだ。

 現在MSNは,基本的にはWindows Liveへ変化し,Windowsそのものに取り込まれた。MSNをここまで成功させた人々が,Windowsを次の段階に進めるメンバーとして声がかからなかったのは驚くべきことだ。Blake Irving氏やDavid Cole氏,Yusuf Mehdi氏のほか,この数年間にMSNの成功で重要な役割を果たした人々は,Windowsを変化させるのに力を貸せたはずだ。ところがMicrosoftは,MSNをWindowsの付属部門と位置付け,Office担当だった役員に両部門の将来を任せた。

 一方のXbox部門は,強力なプラットフォームを開発するというMicrosoftの伝統的な強みを生かす大きな作業を,無事に終えた。その結果,ユーザー,開発者,パートナを刺激し,全く新しい市場を同社にもたらした。長期間にわたって同じことを実現しようとしてきた同社のモバイル・ハードウエア部門でさえ,Xboxほどの成功は収めていない。Xboxの成功と,もしかしたらリリース時に大きな話題をさらえたはずだったのに数年の遅れですっかり沈静化してしまったWindows Vistaとを比較すると,あまりに大きな違いがあることに気づくだろう。

「OfficeのWeb化」を抹殺した人物に改革を期待できるのか?

 Sinofsky氏がWindowsの開発体制を再び活性化させるであろうことに,疑いは抱いていない。少なくとも一時的には,6年前にBrian Valentine氏が成し遂げたような,脱線しかかっていたWindows 2000を立て直したのと同じような成果を挙げるだろう。しかし,Valentine氏がその後,コメディ・タッチの社内向けビデオに出るような役割になってしまったことから分かるように,役員を配置転換しても根本的な問題解決にはならない。Windowsの真の問題は残ったままだ。開発チームはWindowsを肥大化させ,動作をあまりにも遅くさせた。世界が変化したことを理解する能力など全く持たず,「もはや過去の成功は自分たちの製品の未来を担保しない」という事実も認識できていない。

 MSNの担当者やXboxの担当者は,新しい世界の秩序をきちんと把握している。Sinofsky氏が,Office部門で問題を理解していたよりも高いレベルでWindowsの問題を理解できるかどうかは不明だ。結局のところSinofsky氏は,Office機能をWeb化しようとした数年前の計画「Net Docs」を葬り去った人物である。現在MicrosoftがWindows Liveで進めているのと全く同じ種類のソフトウエア・サービスを,Sinofsky氏は抹殺したのだ。しかもその理由は,「メリットがないから」ではなく,「Office製品の販売を脅かすから」ということだったのだ。上述した通り,Office製品には10年以上も大きな変化がない。最初に書いたように,筆者はSinofsky氏と面識がないし,彼の成功を願っている。ただ,Microsoftが単に外面を整え,問題の根底に触れなかったことに不安を覚える。