総務省
総合通信基盤局事業政策課
競争評価では,サービス市場の画定とともに,地域毎の競争状況をより適切に把握・分析するため,地理的市場の画定も行っている。FTTHについては,主たる競争事業者がNTT東西と電力系事業者であることから,電力系事業者の業務区域(親会社たる電力会社の電気事業の業務エリア)ごとに地理的市場を画定し,地域ブロック別の競争状況を評価している。
なお,電力系事業者は,東北と北陸を除く各地域でFTTHサービスに既に参入しており,そのシェアが5%に満たない場合は「その他」に含めている。
地域ブロック毎に2006年12月末の事業者別シェアを見ると,NTT東西のシェアは電力系事業者が参入していない東北と北陸では9割を超えており,北海道,東海,沖縄でも8割を超えていることが分かる(図4)。これらの地域では,市場に現存する競争事業者が,少なくとも現時点ではNTT東西に対抗しうる存在とはなっておらず,NTT東西の独占性が高いといえる。
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図4●FTTH契約数の事業者別シェア(地域ブロック別,2006年12月末時点) [画像のクリックで拡大表示] |
一方,関東,近畿,中国,四国,九州では,NTT東西のシェアが5割台から7割台となっており,FTTHの競争が進んでいる地域である。特に,近畿以西(沖縄を除く)では,電力系事業者のシェアが最大で3割に達している。電力系事業者(近畿はケイ・オプティコム,中国はエネルギア・コミュニケーションズ,四国はSTNet,九州は九州通信ネットワーク)がNTT西日本に対する有力な競争相手となっている。なお,関東では,東京電力が約10%のシェアを有していたが,2007年1月にKDDIが東京電力のFTTH事業を統合したため,電力系事業者はFTTH市場から退出した。
近畿を中心に設備ベースの競争の兆し
以上のように,FTTHの競争状況は全国的に一様ではなく,地域ブロック毎に様相が異なる。この地域差をより詳しく見るために,都道府県別のデータを分析することとした。ただし,設備競争とサービス競争の差異を念頭に置き,まず設備競争に関連する加入者回線網の競争状況を示す。
加入者回線におけるNTT東西のシェアを,加入者回線全体,メタル回線,光ファイバ回線の別に都道府県毎に見ていくと,メタル回線については,NTT東西のシェアは全都道府県においてほぼ100%(全国平均は2006年3月末で99.9%)である(図5)。だが,光ファイバ回線では,近畿を中心に主として西日本においてNTT西日本のシェアが低くなっている(全国平均ではNTT東西のシェアは78.6%)。全回線を合計すると,NTT東西のシェアは全国平均で93.8%,富山県,福井県,三重県の3県を除く全都道府県で90%以上となっている。なお,富山県,福井県,三重県を含む7県で,メタル回線や光ファイバ回線におけるNTT東西のシェアよりも全回線におけるNTT東西のシェアが低くなっているが,これはCATV回線のシェアが大きいことが要因と考えられる。
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図5●加入者回線に占めるNTT東西のシェア(都道府県別) [画像のクリックで拡大表示] |
NTT東西のメタル回線は旧電電公社時代に構築されたネットワークであり,今後も設備ベースの競争が進展することを期待するのは事実上困難だ。また,全回線の合計でも,NTT東西のシェアが約94%を占めるため,固定通信サービスにおいては,市場構造から判断する限り,NTT東西が保有する加入者回線網の不可欠設備性は非常に高く,NTT東西の設備ベースでの市場支配力は圧倒的である。
ただし,FTTHに利用される光ファイバ回線のみに注目すれば,近畿ではNTT西日本のシェアが5割を下回る県(滋賀県,奈良県)が登場するなど,府県によっては競争はかなり進んでいる。また,光ファイバ回線のみならず,CATV回線を敷設することにより,NTT東西に対抗する勢力(CATV事業者)も潜在的には存在しており,今後のIP化の進展や通信・放送の融合などの動きの中で,設備ベースの競争が西日本から全国に波及する可能性もある。
関東と近畿ではFTTHの競争状況が異質
次に,設備ベースとサービス・ベースの双方の競争状況を比較するために,光ファイバ回線およびFTTH契約数に占めるNTT東西のシェアを示す。光ファイバ回線におけるNTT東西の都道府県別シェアは,FTTHサービスにおける同シェアとほぼリンクしている(図6)。しかし,関東や近畿,北海道,宮城県,愛知県,広島県,福岡県などでは,サービス・ベースのNTT東西のシェアが設備ベースのシェアを大きく下回っているケースが見られる。このシェアの乖離(かいり)の要因については,より精緻に分析する必要があるが,これらの地域において,NTT東西の光ファイバ網との接続などによりFTTHサービスを提供する競争事業者が活発に事業展開していることが推測される。
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図6●光ファイバ回線数およびFTTH契約数に占めるNTT東西のシェア(都道府県別) [画像のクリックで拡大表示] |
このような背景を踏まえ,東日本と西日本との競争状況の差異を考察したい。FTTH契約数のNTT東西のシェアは東京で50.0%となるなど,関東でもサービス競争は近畿と同様に進んでいる。しかし,設備競争では,関東は近畿と比較すると大きく見劣りする。この結果は,関東では,第一種指定電気通信設備制度による光ファイバの加入者回線網の開放がFTTHの競争において大きな役割を果たしているが,近畿を中心とする西日本では,これに設備競争による寄与も加わり,異質なFTTHの競争が展開されていると評価できるだろう。
このように,FTTHの小売市場での競争状況を見る際には,設備ベースとサービス・ベースの両方の情報を組み合わせて評価することが不可欠である。
卸売・小売を考慮した精緻な分析が不可欠
今回の競争評価では,以上のような設備競争とサービス競争のバランスと,具現化される利用者料金との関係を考察するために,FTTHの実勢価格(ISP価格を含む)のデータを「価格ドットコム」より入手し,試行的な分析を実施した。FTTHサービスについて,設備競争とサービス競争が小売料金の低廉化に寄与しているか否かは,地理的な共通価格設定制約の影響などもあって,単純には検証困難ではある。とはいうものの,東日本における実勢価格が西日本のそれを下回り,特にサービス競争が設備競争を大きく上回っている地域で実勢価格が低くなる傾向が観察された。
設備競争の進展が小売料金の低廉化を促進することは間違いなさそうである。だが,上述の東日本と西日本の実勢価格の傾向が事実だとすれば,設備競争が困難な場合には不可欠設備を開放し,サービス競争を十分に促すことによって,設備競争と比肩しうる程の小売料金の低廉化が実現することを示唆している可能性がある。
この分析結果は,十分なデータや手法に基づくとは言えないため,安易に結論を導き出すことは慎むべきである。しかし今後,FTTHについて,設備競争とサービス競争のバランスと小売料金などの関係を分析していくに当たっての一助としては,有益であると考えられる。
FTTHの競争状況について,東日本と西日本で大きな差異があることは,政策的に大変興味深い現象である。独占禁止法のアプローチでは,競争事業者に競争的対応を期待することが合理的か,競合サービスを提供する「能力と意欲」を備えているかが論点の一つとなる。そのため,この差異をケイ・オプティコムなどの競争事業者による「能力と意欲」によって説明することも可能だろう。
しかし,今後卸売・小売を峻別した精緻な分析をすることなどによって,より構造的な要因を洗い出し,何らかのシステマチックな関係を導き出せれば,設備競争とサービス競争のバランスのあり方などについて,より有益な議論が展開できると考えられる。FTTHの急速な普及は,世界的に見ても日本に特有の現象であり,今後のFMC(固定通信と移動通信の融合)やBWA(広帯域移動無線アクセスシステム)の進展も踏まえつつ,先進的な市場分析と制度設計を創造していくことが期待される。