総務省
総合通信基盤局事業政策課
「7月の携帯純増数,ソフトバンクモバイルが3カ月連続首位」,「KDDIが2年契約を条件に基本料が半額になる新料金を導入」,「NTTドコモが基本料を再値下げ,KDDIに対抗」。最近の携帯電話事業者の動向を伝えるニュースの見出しからは,事業者間の競争が1年前とは様変わりしつつあることが伝わってくる。
2006年10月に導入された携帯電話番号ポータビリティ(MNP)制度は,携帯電話事業者の競争にどのようなインパクトをもたらしたのだろうか。総務省の競争評価では,戦略的評価のテーマとしてMNP制度導入による競争状況の変化に注目し,検証を試みた。
MNP利用者は約3%
MNP制度の導入前後は,各社が活発な広告宣伝を展開したことなどもあり,社会的に大きな関心事となったが,その後徐々に沈静化。MNP制度が定着しつつある。MNP制度導入以降のMNP利用数と利用率の推移を見ると,2007年7月末でMNP利用は計293万件(図1)。携帯電話利用者の2.97%となっている。毎月の利用数はMNP制度導入以降やや減少傾向にあったが,最近では20万件台で安定している。
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図1●MNPの利用実績の推移 [画像のクリックで拡大表示] |
MNPの利用は年間1000万件を超すとの予想があったため,実際のMNP利用者は少ないという見方もある。だがMNP制度の導入効果はMNP利用者のみが手にするものではなく,競争を通じて携帯電話利用者全員にもたらされるものである。単にMNP利用数の多寡に注目するのではなく,MNP導入が携帯電話市場にどのような影響を与えたのか,客観的かつ学術的な見地から評価することが必要である。そこで,東京大学大学院経済学研究科大橋弘准教授の研究室の協力を得て,MNP制度導入による競争状況の変化に関する分析を実施した。
事業者変更した利用者の7割はMNPを利用
まず,MNP利用者の動向を探るため,MNP制度導入後の2007年2~3月に携帯電話利用者約1500人にWebアンケートを実施し,携帯電話事業者や携帯端末の選択動向,MNP制度の利用経験,携帯電話サービスの利用状況,選択理由などを調査した。なお,MNP利用者の数をある程度確保する必要があるため,MNP制度導入以降に携帯電話事業者を変更した利用者が全体の3分の1程度となるよう,サンプルを調整した。
Web調査結果の分析に当たっては,まず,携帯電話利用者全体のサンプルを,MNP制度導入以降に携帯電話事業者を変更した利用者と変更していない利用者に分け,さらに前者を(1)MNPを利用した者と(2)MNPを利用しなかった者,後者を(3)事業者変更経験のある者と(3)変更経験のない者の計4つのタイプに分類した。
「携帯電話事業者を変更していない利用者」のうち約7割は携帯電話事業者の変更経験がないとしており,同じ会社を使い続けている利用者の割合が高いことが確認された。会社を変更しない理由としては,「家族,友人などが利用している」,「長期利用割引がなくなる」,「手続きが面倒」などが挙げられた。携帯電話事業者の変更については,同じ電話番号が使えても,これらの理由が引き続き乗り換え費用(スイッチングコスト)として認識されている。
MNP利用者は機種変更を繰り返していた層
Web調査結果については,上記4つの利用者タイプ別にクロス集計し,様々な角度から分析した。その代表的な分析例を2点紹介しよう。
利用者タイプ別に,携帯電話事業者の利用期間,携帯端末の買い替え回数・購入代金を示したのが図2である。
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図2●MNP導入後の利用状況 [画像のクリックで拡大表示] |
「MNP利用者」に注目すると,「MNPを利用しなかった者」に比べ,(1)携帯電話事業者の利用期間が長い,(2)端末の買い替え回数が多い,(3)端末購入価格が高い,といった傾向が特徴的である。また,MNP利用者の携帯電話事業者の利用期間は,「事業者変更の経験がない者」に次いで長い傾向にあり,端末の買い替え回数は,「MNPを利用しなかった者」よりも多く,「事業者変更の経験がある者」の傾向に近い。
以上の結果から,MNP利用者は,これまで携帯端末は頻繁に買い替えるものの,会社変更には抵抗があり,番号の変更を敬遠して「機種変更」を繰り返していたが,MNP制度導入を機に会社変更に踏み出したという像が浮かび上がる。従って,番号の変更を避け携帯端末の変更にとどまっていた利用者については,MNP制度による会社変更の促進効果が確かに存在したと言える。
MNP導入後,競争が明確に進展
次に,利用者タイプ別に携帯電話事業者および携帯端末の満足度を分析した。その結果,MNP制度導入以降に携帯電話事業者を「変更した利用者」は,「変更していない利用者」と比較して「とても満足している」との回答が多く,全体的にも満足度が高い傾向にある(図3)。特に「MNP利用者」は「とても満足している」との回答が3割弱に達し,その傾向が顕著である。「MNP利用者」がMNP制度を通じて自分の好みや利用形態に合った事業者の選択に成功し,満足度が高まったものと評価できる。
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図3●MNP導入後の携帯電話事業者と端末に対する満足度 [画像のクリックで拡大表示] |
以上のMNPの利用動向も踏まえつつ,MNP制度導入前後の競争状況の変化を確認しよう。
MNP制度導入前後における携帯電話事業者3社の市場シェアと市場集中度の推移から,競争が活発化していることがうかがえる(図4)。各事業者の市場シェアはMNP制度導入前は比較的安定していた。だがMNP導入後,NTTドコモの市場シェアが低下し,市場集中度を示す指数(HHI)も顕著に低下した。
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図4●携帯電話市場におけるシェアと市場集中度の推移 [画像のクリックで拡大表示] |
また,他の指標を見ても,例えば契約純増数は,MNP制度導入前はほぼ安定的なパターンを示していたが,2007年5~7月にはシェア3位のソフトバンクモバイルが連続首位になるなど,変化が生じている。さらに,解約率では,顧客囲い込み戦略や利用者の買い控えなどもあって各社とも低下傾向が続いていたが,MNP制度導入後に各社とも反転して上昇し,携帯端末の買い替えや事業者の変更が進んだことを示唆している。
このように,MNP制度導入を機に事業者間の競争が活発化したことは明白であり,この競争促進が具体的にどのような利益を利用者にもたらしているかが次の関心事項となる。