企業のクライアント環境は,ユーザー・インタフェースの面からも進化を遂げつつある。Ajaxをはじめとする新技術で実現する「リッチ・クライアント」だ。顧客を引き付けるWebサイト作りには欠かせない。SaaS(software as a service)の台頭によりイントラネットでも重要性を増している。(田中 達雄=野村総合研究所 技術調査部 上級研究員)

 リッチ・クライアントを実現する技術として,Ajax(asynchronous JavaScript+XML)が注目を集めている。Ajaxは,ブラウザの標準機能であるダイナミックHTML(DHTML)とXML HttpRequestを組み合わせ,ブラウザ上で一般的なデスクトップ・アプリケーションと同等の操作性を実現できる技術。その斬新さは,ユーザー企業ならびに開発者のユーザー・インタフェースに対する考え方を一変させた。

 リッチ・クライアントとは,Webシステムにおけるクライアント・アプリケーションを実現する技術や製品の総称で,三つの特徴を持つ。(1)高度なユーザー・インタフェースを容易に実現できる点,(2)クライアント・リソースを有効活用できる点,(3)プログラムと実行環境の配布が容易な点である(図1)。(1)と(2)は従来のクライアント-サーバー(C/S)型システムの,(3)はWebベース・システムの特徴であり,リッチ・クライアントはこれらを兼ね備えている。

図1●リッチ・クライアントは従来型クライアントの長所を兼ね備える
図1●リッチ・クライアントは従来型クライアントの長所を兼ね備える

 昨今はやりのシン・クライアントに対し,リッチ・クライアントという言葉は相反して聞こえるが,実は専用のクライアント・アプリケーションを必要とせず,通常のパソコンでも,アプリケーションの配布など運用の手間を省くことができるAjaxはシン・クライアントの発想に似ている。そもそもシン・クライアントとリッチ・クライアントはレイヤーが異なる技術である。

情報を「見せる」だけでは不十分

 リッチ・クライアントが注目されるのは,インターネット・ユーザーの増加に伴ってWebサイトが企業にとって顧客への重要なタッチ・ポイントとなったため。そこで多くの企業は質の高いサービスを提供すべく,「見せる」ことに主眼を置いたHTMLベースの静的なWebコンテンツを見直して,より消費者に好印象を与える「魅せる」Webコンテンツを提供し始めた。この「魅せる」Webコンテンツを作成する技術・製品として広く普及したのがFlashである(図2)。

図2●Webコンテンツは「見せる」ものから「豊かな体験をさせる」ものに変化
図2●Webコンテンツは「見せる」ものから「豊かな体験をさせる」ものに変化

 またオンライン・バンキング,オンライン・トレード,EC(電子商取引)など,消費者にとって便利な窓口の役割を担うWebシステムでは「操作させる」クライアント・アプリケーションの採用が進展。これらのサイトではサーバー側のアプリケーションと連携し,動的にクライアント画面を生成しながら特定の処理を実行する,Java Servlet,JSPEJBASPASP.NETなどのサーバー・サイド技術が普及した。

 さらに,ブロードバンドの浸透などによってインターネットの利用環境はユーザー発信型に進化。これに伴って,「魅せる」コンテンツには「操作させる」要素が付け加えられるようになった。代表例が静的な画像データであった地図情報に操作できる仕組みを持たせたGoogle MapsやGoogle Earth。個人Webページも,ブログやSNSといった,よりインタラクティブな仕組みに変わった。