「何を言っているのかサッパリ分からない」

 企業向け情報システムを販売する某ITベンダーの製品セミナー会場で、ある運送業者の経営幹部は憤っていた。セミナーの講演内容が全く意味不明なのだという。

 セミナーに招待したITベンダーの若手営業担当者が挨拶に訪れると、この運送業者は「あんたらがイノベーションやソリューションだの横文字に詳しいことは分かった。だが結局、何をしてくれるんだ」と問い詰めた。

 いつもは好評なセミナーのため、若手営業担当者は想定外の反応で答えに窮してしまった。そのあと、なぜそんな反応が返ってきたのか考えていたら、隣に座っていた同僚のセリフが、ふと脳裏に蘇ってきた。同僚は、セミナーに登壇した上司の営業本部長の話を聞きながら、何かを指折り数えていた。

 「本部長すげえ、開始早々すでに『イノベーション』を10回も言い放ってる」

売るためには煙に巻け

 この営業本部長が横文字を好むことは、社内で知れ渡っている。「我々はソリューションプロバイダーとして企業のイノベーションを」うんぬんと、横文字だらけの話をする。そのため部下の営業担当者たちも、自然と横文字で埋めつくされた提案書を作るようになっていた。

 前出の若手営業担当者は、企画書の出来を競う社内の大会で優勝した経験もある。彼の企画書に対する顧客からの評価も高い。これまで、横文字を大量に盛り込んだ企画提案に疑問を感じることもあったが、「お客から分からないと指摘されることもなく、横文字を使うと細かい説明も省けるので便利」と、深く考えることはほとんどなかった。

 それが冒頭の運送業者の指摘を受けてから、自身の企画提案の手法を一変させた。横文字は一切使わず、平易な言葉で顧客が何に困っており、何をしたいのかを聞き出そうと努めた。いわゆる「助産術」を軸とする営業に徹することにしたのだ。新たな担当業界となった運送業の経営者たちは特に、横文字の乱用を嫌い、分からないことは何でも聞いてくる傾向にあることも影響した。

 この営業担当者は以前の営業手法を「自分たちが売りたいものを売るために、横文字を使って顧客を煙に巻いていた。そこに顧客視点はなかった」と振り返る。一方、依然として社内、さらには情報通信業界全般では横文字が横行し続けている。この営業担当者は、こうした状況を「イノベーション(笑)」と表現する。

 「イノベーション(笑)」とは、「スイーツ(笑)」という言葉にちなんでいる。洋菓子から和菓子・くだものまで甘味全般を「スイーツ」という、おしゃれっぽい横文字で呼び、消費を煽るやり方がある。これに踊らされる女性を揶揄(やゆ)する言葉が「スイーツ(笑)」なのである。