NTTの「2010年問題」はどうなるのか---政権交代のかかった総選挙を前に,筆者が取材先で会う通信業界関係者の間では,このことが話題に上っている。現与党と政府間は「2010年時点で,NTTの組織問題について検討を始めること」で合意している(関連記事)。この合意事項が政権交代後も有効なのか,という点が興味の的になっているのだ。

危機感を募らせるKDDI

 NTTの組織問題は,2006年当時の竹中平蔵総務相の私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」が発端となった議論だ。懇談会は「NTTグループを“解体”して通信業界の競争を促進するべきだ」という主旨の報告書をまとめた。これに対し,自民党は「ブロードバンドの普及を優先する中で,拙速に結論を出すべきではない」と反発した。

 懇談会と自民党で意見をすり合わせた結果,「2010年時点で,組織問題の検討を始めること」が,政府と与党の合意事項として2006年度の「骨太の方針」に盛り込まれた。これで事態は落ち着いたはずだった。

 ところが今,その当時の与党が下野する可能性が出てきた。政権が交代すれば,合意は反故になるのではないか。こんな憶測が生まれているのである。

 議論を風化させかねない空気に危機感を募らせているのは,NTTの対抗軸を標榜するKDDIだ。同社の小野寺正社長は6月24日の社長会見で,「自民党政権が続くのであれば,政府与党合意は有効だ」と述べるにとどまった。民主党政権下で合意事項が有効であり続けるかについては確証を持てない様子を見せたのである。

 そこでKDDIは,記者向けに通信政策の説明会を開くなど,NTTグループのあり方の再検証が必要だと世論に訴えている(関連記事)。

 一方,総務省は,民主党政権下であっても「情報通信は成長産業として日本の国際競争力強化を担う役割がある」と,現行の政策路線が大きく変わらないことを前提としている様子だ。ただ,組織問題の議論については明確な答えを持っていない。「現段階では具体的な議論の予定はない。今後どうなるかも未定」(総務省幹部)と,従来と変わらないスタンスを示す。

 当の民主党は,通信行政については「規制・監督機能を総務省から切り離し,『日本版FCC』として設置する」,という改革案を総選挙のマニフェスト原案に盛り込んだ(関連記事)。米国の独立行政委員会をモデルとした日本版FCCというフレーズそのものは目を引く。しかし,その独立委員会がNTTの組織問題を取り扱うのかどうかといった具体的な政策までは定かにしていない。

当のNTTは再編10年の節目を素通り

 NTT自身はこのテーマについて,できる限り世間の注目が集まるのを避けようとしている様子がありありと見える。象徴的だったのは,「現行の組織体制発足から10年」という節目を何事もなかったように通過したことだ。

 東西二つの地域通信会社と長距離国際通信会社を持ち株会社の下に置いた現在のグループ体制がスタートしたのは,10年前の1999年7月1日である。普通の企業であれば今年の7月1日に,これまでのサービスの歩みを公表する,記念のキャンペーン企画や販売施策を打つ,といったイベントを実施するだろう。

 ところがこの日のNTTグループ各社の発表に,10周年に関する情報は見あたらなかった。当時の再編とは無関係だったNTTドコモが,Androidを搭載した新端末の発売を通知した以外,各社は当日付の人事を公表しただけである。10年という節目はできるだけ早く通り過ぎて,組織体制の論議を世の中に想起させないようにしているように映る。

 こうした例に限らず,このところのNTTグループは,現行の組織体制を変更せずに2010年をくぐり抜けることが目的と見られる行動をとり続けている。詳細については,筆者をはじめ日経コミュニケーション編集部の記者が日頃を取材を元に執筆した書籍,『NTTの深謀~知られざる通信再編成を巡る闘い』にまとめたので,興味のある方はご一読いただきたい。

 組織問題からの回避を画策してきたNTTは今回の総選挙を,2010年を何事もなくやり過ごすチャンスと見ているのかもしれない。ポイントの一つになると思われるのは,閣議決定事項である「骨太の方針2006」の中で,組織問題の議論開始を示した「政府与党合意」が「それに基づき改革を推進する」と参照されていることだろう。

 閣議決定された内容は,政権が変わっても簡単には覆らない。民主党が政権与党となった場合でも,その後組閣される内閣が,決定内容の変更や取り消しを改めて閣議決定するという手続きが必要になるのだ。

 こうした決定の変更は,イラクへの自衛隊派遣期間の延長などでも実施されたことがあるので,可能性がないわけではない。それでも,衆目に触れないようにこっそり変更することはできないだろう。

 ただし先述のように,民主党は,総務省から通信業界の規制・監督権を奪う計画を持っている。そこまで大きな改革が本当に始まるとなると,閣議決定の変更以前に,通信政策を遂行する枠組みそのものが大きく変わってしまうことになる。

 これら一連の状況から言えるのは,NTTの2010年問題がどう推移するかは「誰にも分からない」ということだ。業界関係者も「この先どうなるかは見えない」と口をそろえる。