グッドデザイン賞には従来も,こうしたサービスシステムやソリューションビジネスがエントリーされていた。これらをより重点分野と位置づけるために,昨年から独立した審査ユニットを設けている。昨年は,このユニットからヤマト運輸の宅急便がライフスケープデザイン賞を受賞した。この賞は,時代の感性価値が生活者の支持を得て様式に至る完成度を持つと認めるものに贈られるものだ。

 紺野氏は博報堂出身で,現在は多摩大学 大学院経営情報学研究科 教授であり,経営コンサルティング会社KIROの代表を務めている。サービスシステムやソリューションビジネスをどのような観点で審査したかを聞いてみた。

 「ITは本来,モノやヒトの流れやライフスタイルを劇的に変える力を持っている。数倍とか数十倍,あるいは数百倍という単位で物事を変えてしまう。重要なのは,そうした力を発揮する仕組みをデザインすることだ。そのような視点でサービスシステムやソリューションビジネスを評価した」。

 ITが生活を変えるというのは,当たり前のようで実は当たり前ではない。情報システムの開発・運用に携わる現場の感覚の中で,“日常生活との接点”は意外に希薄だ。ITエンジニアが日々,向かい合っているのはユーザー(システムの発注者)であり,製品・技術である。

 筆者はかつて日経SYSTEMS創刊号(2006年4月号)の特集「現場力向上宣言!」の扉に次のような宣言文を書いた。

現場力向上宣言
誰よりも早く新技術を使いこなす。
無理だと思われたプロジェクトを完遂する。
ユーザーから「ありがとう」という言葉をもらう。
ものづくりの現場でこそ味わえる喜びがある。
そのために,わたしたちは現場力を磨く。 そして,よいシステムを作る。

 技術に携わる人間としての満足感,困難を乗り越える充実感,そして感謝されることによる高揚感こそが,エンジニアの正しいあり方だと定義した。よいシステムを作ろうとするエンジニアの意気込みを,この宣言で代弁したつもりだ。

 だが,グッドデザインで評価されたエントリーを見ていると,これだけでは不十分な気もしてくる。今,「現場力向上宣言」を改めて書くとすれば,上記の宣言文にもう一文,追加する必要があるかもしれない。

安全で快適な生活をデザインする。

 グッドデザイン賞のエントリーを見ると,「利用する人の生活を一変させる力を持つ」という点で共通している。エンジニアが「安全で快適な生活をデザインする」という意識を持って,サービスシステムやソリューションビジネスに携わることで,ユーザーの生活を劇的に変える効果を生み出せるのである。

 ただし,インターネットデータベースや地域医療連携システムのユーザーが,それを開発したエンジニアに対して感謝の気持ちを覚えることはまれだろう。どのような製品や技術を使っているか,開発プロジェクトが困難だったか容易だったかも,ほとんどのユーザーにとってはどうでもいいことだ。

 それでもITエンジニアが「自分のシステムで人間の生活を劇的に変えられる」という意識をもつと,いっそう前向きな気持ちで仕事に取り組めるようになるのではないだろうか。

 紺野氏は,こうしたシステムを開発するのに必要なのは「マルチタレントで構成するチームの力だ」と指摘する。インダストリアル・デザイナ,グラフィック・デザイナ,Webデザイナといったデザインの専門家,社会学やマーケティングの専門家,経営コンサルタント,さらにITの専門家が共同で作業するのが効果的だという。マルチタレントによるチーム作りは,これから多くのIT企業が取り組むべきテーマだろう。

 グッドデザイン賞の一次審査を通過したエントリーは,8月28~30日の3日間,グッドデザインエキスポ(東京ビッグサイト)で展示される(発表前の商品などこの段階では非公開のものもある)。それと並行して二次審査を進め,10月1日に受賞結果を発表する。