「PAN(personal area network)」と聞いて,みなさんは何を思い浮かべるだろうか。PANは10年以上前からある概念で,一般に個人が身に付けている,あるいは個人の手の届く範囲にある機器同士が通信する,LANより小さいネットワークのこと。有線ではUSB,無線ではBluetoothや赤外線通信などの技術を指すことが多い。現在,これらの技術を個別に利用しているユーザーは多いだろうが,「PANというタイプのネットワークを使っている」という意識は希薄だろう。PANは,歴史は古いものの,LANやWANほど一般的な用語ではない。また,Bluetoothや赤外線通信などの利用形態は,ほとんど機器同士をポイント・ツー・ポイントで接続するというもの。複数の機器が相互に情報をやりとりするような形のネットワークは構成しない。

 ところが2009年になって,「無線LANを使って,ノート・パソコンと複数の周辺機器の間でPANを形成する」という技術が相次いで登場してきた。インテルが4月から同社のCentrino 2プラットフォーム向けに「My WiFi Technology」(以下,MWT)という技術を公開したのに加え,マイクロソフトが10月22日に一般発売するWindows 7で,「Virtual WiFi」「SoftAP」と呼ばれる技術をサポートする見込みだからだ。

 MWT,Virtual WiFi/SoftAP(注1)はいずれも,「現在は主にインターネット接続に使っているノート・パソコンの無線LAN機能を,プリンタ,プロジェクタ,デジタルカメラ,ゲーム機など周辺機器との接続にも利用する」という技術。この「ノート・パソコンと周辺機器が形成するネットワーク」を,インテルもマイクロソフトもPANと呼んでいる。ノート・パソコンとPAN内の機器を接続するだけではない。Windowsが以前から備えているICS(internet connection sharing)機能を併用することで,ノート・パソコンが無線LANルーターのように振る舞い,PAN内の機器とインターネット・アクセスを共有することもできるという。

 面白いがちょっとわかりにくい技術なので,これ以降はQ&A形式でMWTとVirtual WiFi/SoftAP(2009年7月,Windows 7 RC版の時点での情報に基づく)のポイントを見ていこう。

どんなしくみで動いているの?

 MWT,Virtual WiFi/SoftAPでは,いずれもノート・パソコンに載っている一つの物理的な無線アダプタを,論理的に複数のアダプタに分割し,それぞれ別のMACアドレスを割り当てる。こうすれば,各論理アダプタに別々の機能を担わせることができる。例えば,一方の論理アダプタでインターネットに接続しつつ,もう片方の論理アダプタがソフトウエア・ベースのアクセスポイント(AP)として振る舞い,ほかの無線LAN機器とPANを形成することが可能だ。

 このとき,ノート・パソコンと他の無線LAN機器との接続は,設定によって(1)PAN内に閉じたネットワークを形成する,(2)ノート・パソコンをルーター代わりにしてインターネット・アクセスを共有する――のどちらかになる。(1)の場合は,MWTやVirtual WiFi/SoftAPの機能が,PAN内のクライアントに対してDHCPでIPアドレスを割り当てる。

 一方,(2)の場合は,Windowsが備えるICS機能を併用する。ICSは主に,複数の物理アダプタを備えるWindowsパソコンでDHCPやNATを有効にして,ルーター代わりに利用できるという機能だ。MWT,Virtual WiFi/SoftAPでは,複数の論理アダプタに対してICSを適用し,一つの物理アダプタしかないノート・パソコンがルーターのような振る舞いをすると考えればいいだろう。この場合,PAN内の機器に対してはICS機能がDHCPでIPアドレスを割り当てるという。

どんなノート・パソコンで使えるの?

 MWTを使えるノート・パソコンは,インテルの無線LANカードWiFi Link 5100/Ultimate N WiFi Link 5300/WiFi Link 1000を搭載し,コネクション・ユーティリティ「PROSet/Wireless Software」のv12.4以降をインストールしている必要がある。今のところ対応OSはWindows Vistaのみだが,将来的にはWindows 7にも対応予定だ。

 すでに出荷時にMWTの機能を組み込んだノート・パソコンも出てきており,インテルのWebサイトでリストが公開されている。現状では,MWTの基本的な設定は,インテルが用意したアプリケーション「My WiFi Utility」から実行する。ただし,ICSを有効にする場合などはWindows Vistaのネットワーク設定画面からの操作も必要だ。

 一方,マイクロソフトのVirtual WiFiとSoftAPは,Windows 7で標準サポートされる予定である。ただし,ドライバなど無線アダプタ側の対応が必要で,Windows 7の初期状態では使えない。「現時点で具体的な予定はないが,ハードウエア・ベンダーがWindows 7ロゴを取得する際のアダプタの要件に,Virtual WiFi/SoftAPへの対応が含まれている。そのため,今後,対応ドライバがリリースされることになるだろう。ユーザーは,パソコンやネットワーク機器のメーカーなどが用意した専用アプリケーションから,Virtual WiFi/SoftAPの機能を使えるようになる見通し」(マイクロソフトの担当者)だという。

MWTとVirtual WiFi/SoftAPはまったく同じ技術を指しているの?

 インテルはコメントを避けたが,マイクロソフトによると,「よく似ているが,別の技術と認識している」という。今のところ,すでに利用可能なMWTに比べると,製品リリース前のVirtual WiFi/SoftAPは不明な点が多い。そのため,具体的にどこが異なるかは確認できなかった。Windows 7のリリースに際して,どのくらい実装のすり合わせを行うかに関しても,インテル,マイクロソフトのどちらからもコメントは得られなかった。

どんなことができて,ユーザーにとっては何がうれしいの?

 先述の通り,Virtual WiFi/SoftAPの情報はまだ少ないため,MWTを例に見てみよう。インテルによると,MWTでは,Bluetoothなどを使う従来のPANに比べて高速な無線LANを使える点がメリットだという。動画や画像を効率的にやりとりできるというのだ。

 また,MWTを有効にしたノート・パソコンでは,同時に8台までの周辺機器をPANに接続できる。ちなみに,「インターネットと接続しているLAN(WAN)側の論理アダプタは,無線LANだけでなく,WiMAXや3.5Gにも対応する予定。そして,無線LANを使っているPAN側とパケットをルーティングできる」(インテル)という。

 無線LAN機器メーカーなどからMWT向けのエージェント・ソフトが登場すると,機器同士の連携がさらに強まって利便性が増しそうだ。例えば,インテルが報道陣向けに公開したデモでは,MWTを有効にしたノート・パソコンにiPhone向けのエージェント・ソフトをインストールしておき,MWT機能を使ってプリンタとiPhoneを接続していた。すると,iPhoneで撮影した写真をそのままパソコン経由でプリンタに出力するといった操作が可能になる。

――以上のように,ややニッチな感じは漂うものの,MWTやVirtual WiFi/SoftAPは,企業でも家庭でも使いでのありそうな機能である。今後,インテルがデモしたiPhoneの例のように,さまざまなアプリケーションが無線LAN関連機器ベンダーから登場することを期待したい。


(注1)実際は,Virtual WiFiとSoftAPは別々のしくみ。Virtual WiFiが「一つの物理アダプタを複数の論理アダプタに分割する機能」,SoftAPが「ソフトウエア・ベースのアクセスポイント機能」を指す。Windows 7ではこの二つの機能は連携して動くのが前提とのことなので,ここでは便宜上,1セットで扱った。なお,この技術自体は新しいものではない。マイクロソフト・リサーチで2002年ごろから研究されていた。