筆者は田舎から出てきて,東京都新宿区の高田馬場に14年間住んでいる。より正確に言うと,同じアパートにずっと住んでいる。アパートの4階に10年間住んでいたが,行き先を失った実姉が転がり込んできて,居候。ついには追い出されて,筆者は2階に引っ越した。このまま高田馬場以外の東京を知らずに生きていくのだろうかと気にしつつも,いまなお住み続けている。

 用がなければ降り立つ人の少ない高田馬場だが,大正製薬,ビックカメラ,エステーなど,本社を構える上場企業がいくつかある。日経ネットマーケティング7月号の特集「先進サイトのリッチメディア活用戦略」の取材で,エステーに家から歩いて取材に行った。楽である。

宣伝自体を宣伝することに注力するエステー

写真●「高田鳥場(たかだのとりば)」
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 エステーで出てきたのは,この変な鳥(写真)。名を「高田鳥場(たかだのとりば)」という。開口一番,「わたし,ミッキーマウスになりたいんですよ」。絶句だ。新入社員時代に先輩に教わった10種類以上の相づちのどれも出てこない。不安に駆られながらも取材を進めていくと,その綿密に錬られた広告宣伝手法に驚いた。

 変な鳥と言っては失礼だが,この鳥の正体はエステー宣伝部長兼クリエイティブ・ディレクターの鹿毛康司氏。宣伝部長自らがエステーのロゴにもある鳥のかぶり物をまとい,テレビCMに出演する。そして,出演したテレビCMやメーキング映像を楽しめるのが,2004年に開設した「エステー宣伝部ドットコム」だ。エステーの企業サイトのドメインとは別にドメインを取得して運営しているサイトで,「宣伝活動自体を宣伝する」という,かなり風変わりな取り組みである。ここでは,高田鳥場のブログも読める。

 「社内でもなかなか理解されにくいんですよ」と鹿毛氏。確かに一見して理解するのは難しい。またまた失礼だが,個人的な趣味でやっているだけのようにも見える。ただ,成果は数字に表れている。

 日経広告研究所が発行する「有力企業の広告宣伝費〈平成20年版〉」によると,エステーが投下した年間広告宣伝費は約30億円で,企業ランキングだと229位だ。一方,同じ「化学」の業種で,花王は約577億円の広告宣伝費を投下し,ランキングは4位。売上高の規模が違うためだが,宣伝活動において「まともな勝負では勝てない」(鹿毛氏)のはうなづける。

 一方,日本経済新聞社が毎年実施している「日経企業イメージ調査~2008年調査~」によると,「よい広告活動をしている」企業のランキングでエステーは16位と一気に浮上する。

 エステーは少ない広告宣伝予算で,なぜイメージの残る広告を展開できるのか。

コンテンツと広告の壁を越える

 実は,高田鳥場はエステーを直接宣伝することなく,多数のテレビ番組やラジオ番組,雑誌,新聞に登場している。さらには最近,「特命宣伝部長 高田鳥場-ほんのり香る,広告のにおい。」と題した本まで発売した。

 メディア(媒体)にもよるが,一般に「広告」と「コンテンツ」の間には線が引かれている。広告として打つのは有料だが,コンテンツとして登場するのは無料。エステーは高田鳥場というキャラクターをあえて企業宣伝活動と切り離し,独自に活動を展開することで,すんなりとメディアの「コンテンツ」の中に入り込むことに成功しているのだ。まさに奇策。

 エステーのこうした取り組みは,従来型の広告宣伝活動とは一線を画す。競合他社と比べて圧倒的に少ない広告宣伝費を「PR」の力を借りて補っている。

 そして,これを体現する最も適した言葉が冒頭の“ミッキーマウスになりたい”だ。ミッキーマウスといえば,言わずと知れたディズニーの代表格のキャラクター。ミッキーマウスは日常的にさまざまなメディアで取り上げられ,ディズニーの世界を間接的に伝えている。

 高田鳥場とミッキーマウスを比べるのは相当無理があるのは承知。それでも,高田鳥場のプロフィールを見ていると,何となく応援したくなるのは筆者だけだろうか。

 「福岡県飯塚市フィラデルフィア生まれです。エステーの本社所在地『高田馬場』で育っています。『鳥場さん!すべってるね』とまわりの皆様からご指摘を受けてますが,全く気にもしないスーパー・ウルトラ・ポジティブな性格です。こんな鳥ですが,日本の空気を変えることを夢見て活動しております。なにとぞよろしくお願いします」。

■変更履歴
本文第4段落の中で,当初は「ヒヨコのかぶり物」と記述していた個所を,エステーからの指摘により「鳥のかぶり物」に変更しました。本文は修正済みです。 [2009/06/25 20:20]