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情報システム

記者の眼

ITpro

知らないことは恥ずかしい?

2009/06/04
矢崎 茂明=ITpro

 筆者は36歳。すっかり“おっさん”の自覚は芽生えてきたが,18年前は理系の学生だった。その大学1年生のときに聞いた言葉のうち,今でもよく思い出す言葉がある。「知識は力になる。ばかにしてはいけない」というものだ。

 この言葉の主は,ある化学の教授であった。ガスクロマトグラフィという分析手法を用いた実験の講義で,メタンと何かをある割合で混ぜると,いわゆる「都市ガス」に近い燃焼特性を持つガスができるという文脈だったように記憶している。

 そのあと語られたのが,「知識は力になる。ばかにしてはいけない」という言葉だった。そこにつながる文脈は忘れてしまった。だが「知識は力」という言葉だけは,学生の間も,社会人になってからも,ずっと筆者の心の中に生き続けている。

ディテールを明確にするために

 例えば10年くらい前の,取材先でのこと。筆者は記者だった。取材先の多くは,企業の情報システム部門に所属するエンジニアである。取材先の方々は,いわゆる“知識がない”人にもわかりやすく,かみ砕いて,作ったシステムを説明してくれた。

 記者にとって取材先での最大のリスクは,事実誤認である。取材しているときの筆者は,自身が理解できたかできなかったかをずっと考えながら,話を聞き,質問をして,その反応を注意深く見守り,ノートに書く。

 それでも自分の理解があやういと感じるときはたくさんある。こんなとき,取材相手が話してくれたことを,自らの言い方で置き換えてみる。抽象度を上げたり下げたり,話の順番を逆にしたり,主語を取り替えたり。やりかたはいくつかあるが,とにかく聞いたことを言い換えて,自らの理解が取材先の認識と一致しているかを確かめている。しばらく取材を続けていると,この言い換えの意識が,適切な主語を選び,よりわかりやすい順番で,具体的な方向に向いてくることがわかった。

 特に効くのは具体性だ。話題,相手,自分の知識に合わせて適切なレベルの技術用語を選ぶと,精細なディテールを聞けるようになる。あるとき,自分がきちんと理解していると確信できる知識を取材の中でどんどん利用してみたら,取材相手は「おっ,意外と詳しいですね」と身を乗り出し,話す言葉の技術レベルを上げて,苦労したところ,うまくいったところを,短い時間で詳しく話してくれた。「そこだけヒントを付けて実行計画を…」「平日朝1回でよければログオンスクリプトで行けるので…」「単なるコピーだからNetBEUIのほうが速くて…」などなど,話のレベルがかみ合うと自分も取材相手も楽しくなるし,記事も面白くなるように感じた。

 そして,それを支えている力は,“何の役に立つかわからない”まま,学校で詰め込まれた知識だったり,自らの知りたい,理解したい欲求にかられて獲得してきた知識だったりしていた。

 取材だけでなく,記事を書くのも楽になった。何がほぼ間違いなく理解できていて,何が不明なのか,その境界線がくっきり見えるようになったからだ。

書く立場から伝える立場に回って

 昔話が長くなって申し訳ない。今の私は編集者。ここ7年ほどは,ITに関係する知識や情報を,うまく伝えるための仕事をしている。

 もちろん仕事なので,うまくいったり,いかなかったりする。いつのまにか“老人力”も身に付いてきたのか,確実に覚えていたはずの知識をころっと忘れるようにもなった。クラスBのIPアドレスで,ネットワーク・アドレスは16ビット長だったはずだが,プライベート・アドレスがどこだったかはもう思い出せない(調べたら,172.16.0.0〜172.31.255.255だった)。Oracleのルールベース・オプティマイザがサポートされなくなったのはどのバージョンだったかも忘れた(検索したら10gからだとわかった)。さらに,知識を獲得するスピードも,だいぶ落ちた。

 ただ,何かを企画するとき,あるいは原稿を編集するときに,若いころからの習慣のおかげか「この部分をうやむやにしたままではまずい」という勘だけは,バリバリと働くようになった。どの知識がどのくらい自分に足りないかの判断は,ほとんど直感といえる程度に,一瞬で終わる。

 「知識」が足りない自分に対する正直さが,自分を助けてくれる。そして,その正直さを持ち続けるだけで,不思議と“知らないことの恥ずかしさ”が消えるように思える。

 いつしか,自分がかつてした仕事が,のちにその読者の役に立ったことを知る機会も得た。「知識は力になる」。いつのまにか,だれかのそれを助けられるかもしれない仕事をしていた。もちろん,今の出版,今のメディア,いろいろ厳しいことはたくさんあるとはいえ,うれしい話である。

 この記事を書いていて,もう一つ学生時代に指導教授から聞いた言葉を思い出した。筆者が就職活動を終え,就職先としてメーカーを選ばず,出版社を選ぶ決断をしたことを伝えたときのことである。指導教授は心底がっかりした顔をしたあと,寂しそうにこう述べた。「一人くらい,そういう人がいてもいいんじゃないかな」---。先生,ごめんなさい。今でもエンジニアになればよかったと思うときはよくあるけれど,私はこの仕事を楽しんでいます。

 最後に少しだけその仕事の宣伝を。スキルアップ系コンテンツを集めた「ITpro SkillUP」をリニューアルし,2009年6月3日から新サイト「selfup」としてオープンした。リニューアルを担当した編集者は3人で,筆者はその1人である。まだ,入れ物を作っているに過ぎない状態ではあるが,ぜひ,ご期待いただきたい。

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nikkeibpITpro

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