未曽有の大不況が世界を覆う2009年。収益悪化の一途をたどり、現場の頑張りが成果につながらない閉塞感が組織にまん延するなか、リーダーはどのようなリーダーシップを発揮すべきか。5月29日発売予定の日経情報ストラテジー7月号では「危機を乗り越えるリーダーシップ」と題した30ページ余りの特集記事で、この問いへの解を考えた。

 リーダーシップについての調査を手がけるコーチング研究所LLP(東京・千代田)の番匠武蔵リサーチャーによると、経営が苦しいときにリーダーに求められる行動の1つに、「組織が長期的に成長するうえで、今の苦境がどのような意味を持つかを定義する力」があるという。収益が悪化し、組織の存亡が危ぶまれさえするなかでは、人はどうしても目先のことばかり考えがちになる。今どれだけコストを減らせるか、売り上げの落ち込みをどうしたらカバーできるか、といった具合だ。

 もちろんそれは必要なのだが、現在だけでなく未来にも目を配って「この危機を乗り越えて、将来こんな組織になろう」とか「そのためにこの時期、こんな力を身に付けよう」という方向性を示す。そうした目標を設定すると同時に、簡潔なメッセージで目標を組織と共有するのもリーダーの重要な役割だという。

「次善」の目標を立てる

 その話を聞いて、思い出したエピソードがある。卑近な例で恐縮だが、2年前、小学生の息子のサッカーの大会で経験したことだ。息子の所属しているチームはそこそこ強く、その大会でも子供たちは優勝する気満々で参加していたのだが、準決勝で惜敗した。3位決定戦で対戦したチームには過去に何度も勝っていたが、1点を先行するも、追い上げを食らってずるずると負けてしまった。逆転されてからのチームは、はた目から見ても闘志に欠け、勝利への執着が失われていた。

 後で聞いたところによると、相手チームの試合前のミーティングでは、コーチが「これに勝ったら銅メダルがもらえるぞ」とメンバーに話したのだという。片や息子のチームのコーチのメッセージは「とにかくこの試合を頑張ろう」というもの。優勝の芽がなくなっても、「銅メダル」というシンボルのもと、次の目標をすぐに共有できたチームと、目標を見失ったチームのメンバーでは意欲に大きな差があり、それがパフォーマンスに与えた影響もまた大きかった。小学生のスポーツといえども、メンタル面の影響は大きいと痛感した記憶がある。

 小学生のスポーツと経営を同列で考えるのも強引かもしれないが、厳しい環境下で「大成功」を期待できないとき、リーダーがなすべきことの1つは、次善の目標を適切に打ち出すことではないかと感じている。数値目標でもいいのだが、組織の体質改善や社員の意識改革といった定性的な目標もありだろう。内省や振り返りによって個人や組織のあり方を見直すという作業は、イケイケどんどんで業績が拡大しているフェーズでは着手しにくい。がむしゃらに前に進むことができない今のような状態こそ、腰をすえて取り組める課題もある。

 アメリカン・エキスプレス・インターナショナル(東京・杉並)の山中秀樹副社長は、2008年の夏、統括する個人事業部門の営業担当者約500人を集めた半期ミーティングの席で、「狼体質になろう」と呼びかけたという。既に当時、景気の陰りの影響を受けていた同社では、経費の削減方針が掲げられていた。「好況時にはおうように経費を使う豚でもいいが、不況時には極力経費を使わずに、効率よく商機を切り開いていく狼になれ」というのが山中副社長のメッセージだ。

 経費削減の内容は小さなことの積み重ねだ。例えば、社内で社員同士が携帯電話で連絡を取るのをやめ、内線電話、もしくはできるだけ対面で話すようにするといった具合だ。ただし「コストを削ろう」というメッセージと「狼になれ」というメッセージは、中身は同じでも受け取る側の感じ方はだいぶ違う。山中副社長はさらに、狼と豚の写真を並べた名刺大のカードをパウチして、全営業担当者に配った。「言葉だけでなく、ビジュアルで直感的にイメージを伝えたかった」からだ。全営業拠点に姿見を設置し、営業に出る前に各自が自分の姿をチェックして、狼のようにシャープに見えるかどうかを日々振り返られるようにしているという。

 社員一人ひとりの努力でそれなりの成果が生まれる好況時に対し、不況時には組織に方向感を与え、チャレンジを促すリーダーの重要性が増す。「米国ではベビーブーマー世代、日本では団塊の世代が引退するなど、世界的にリーダーが不足し始めている」とコーチ・トゥエンティワン(東京・千代田)の伊藤守代表取締役は指摘するが、不況が新世代のリーダーが育つ好機となることを期待したい。