「新しいことをやりましょう、とあちこちであなたは書いていますが、現場は困ってしまいますね」。知り合いのコンサルタントから、やんわりとではあるが批判を受けた。言い返さなかったものの、考え方次第で新しいことはできる、と今でも思い込んでいる。

 既存の方法を全面否定したり、土地勘の無い領域で闇雲に新事業を始めればそれでよい、というわけではもちろんない。とはいえ新しい取り組みをせず、コストを削減し、各種の法律を順守するだけで展望が開けるとも思えない。システムの安定稼働、内部統制と個人情報保護、こういった守りの取り組みだけでは息が詰まる。

 こう考えて、新しいプロジェクトを始めた人を応援する、あるいは始めることを勧める報道を今年は心掛けている。だが、冒頭に書いたように、あるコンサルタントから「多くの企業の現場は相当疲れています。メディアがイノベーションだ、改革だ、と騒いでも、『その通り』と応じられる状態にありません」と指摘されてしまった。

 同じような話を富士通のある役員から聞いた。富士通が顧客企業に対し、「フィールドイノベータを送りたい」と提案すると、「それは困る。寝た子を起こしたくない」と断ってくる情報システム責任者がいるそうだ。富士通は、生産管理など各種の業務に精通した社員をフィールドイノベータと名付け、顧客の現場に送る活動を進めている。フィールドイノベータは顧客の現場を精査し、改善提案を出す役回りだ。

 ところが一部の顧客企業にとってフィールドイノベータは有り難迷惑な存在になる。「情報システム責任者や現場の事業部門の幹部はどこに手を打てばよいか、実はもう気付いておられます。しかし、手を打とうとすると、社内で相当な軋轢が生じるし、仕事が増える。しばらくは静かにしていたい、と仰るわけです」とこの富士通役員は解説する。

 改革を進めるには新しい情報システムを用意しなければならず、その一方で、既存のシステムを守る仕事は無くならない。日々の運用業務で神経を使っている情報システム責任者にしてみれば、「現場の改革(フィールドイノベーション)など今は結構」と思いたくなるときが確かにあるだろう。

誰もが「プロデューサー」になれる

 しかし、繰り返すが、「新しい取り組みをなんらせず、コストを削減し、各種の法律を順守するだけで展望が開ける」とは思えない。あれこれ言われようとも、新しいことを始めた人、取り組んだ人を元気づける報道を続けたい。課題は報道のやり方だろう。現場の実態を知らずに、「何々すべきだ」と偉そうに書いては確かにまずい。

 筆者が編集長を務めている日経コンピュータに、新しいことに取り組んだ人を多数紹介する特集記事を先頃掲載した(5月13日号特集『今すぐ創ろう あなたがプロデューサー』)。上記の問題意識があったため、記者が書いてきた原稿の冒頭部分について、あれこれと注文を出し、書き直してもらった。記者に注文を出すにあたって筆者が記したメモが、この「記者の眼」を書いているパソコン内に残っていたので、原文のまま紹介する。

その気になるように
説教くさくしない
見渡せる、時期であり、やり方を変えてみよう、問題意識を出せば
楽しい時じゃないの

 「その気になるように」には読者に対し失礼な表現かもしれないが、「自分も新しいことに取り組んでみよう」と共感を呼ぶように書こうという趣旨である。「説教くさくしない」は前述の「何々すべきだ、と書かない」と同じ意味だ。その一方で、読者に納得頂くために、何らかの根拠を出す必要がある。それが「見渡せる、時期であり、やり方を変えてみよう、問題意識を出せば」といった下りである。補足すると次のようになる。

・情報システムの仕事をしている人は自社のビジネスの全体像を「見渡せる」場所にいる
・多くの企業が守りに入っている今こそ、新しいことを始める「時期である」
・新しいことを始める第一歩は「やり方を変えて」みること
・やり方を変えてみようという「問題意識」を表明すると賛同者が得られるのではないか

 メモの最後にある「楽しい時じゃないの」は「時期である」と同じで、昨今の経済環境は見方を変えれば新しいことを始められるチャンスでもある、いい時期ではないか、といった意味である。特集を掲載する際には「なぜこの特集を今掲載するのか」を明確にしなければならないので、あえて同じ指摘を記者に繰り返した。

 こうして出来上がった特集の導入部分を再掲する。

 「こんなことが実現できたら皆が喜ぶだろう」、「こうすれば仕事がもっと早く進むのに」。仕事で忙しくしている最中であっても、こう思うことが誰しもある。そうした時、同じく忙しい同僚に話しかけてみる。「私も同じことを考えていました」と同意してくれたら、もう少し話を続けよう。「いえ、こうしたほうがもっといいと思います」と言われたら、軽く議論してみてはどうか。日頃の業務とは違う、プロジェクトの種はごく身近にある。

 「面白そうだ」、「やってみたいですね」という声が上がったら、その件に詳しい人を訪ねて相談する。取引先に話してみる。上司の機嫌が良い時を見計らって、ちらっと話を持ち出す。成果をもたらすプロジェクトは、思いがある人と人のやりとりから始まる。

 いまはまだない、新しいことを創り出すプロジェクトは簡単ではないが、楽しい。そうしたプロジェクトを進めていくには、白紙の状態から絵を描き、自ら動き、周囲を巻き込み、メンバーの力を束ねていく人が必要になる。こうした「プロデューサー」と呼べる人には、誰でもなれる。正確に言えば、関係者全員が大なり小なり、プロデュースする力を持たないと、プロジェクトはうまくいかない。  IT(情報技術)を利用して、事業創出や業務改革に取り組んだキーパーソン達の経験談から、「新しいこと」を創るプロデューサーに共通する姿勢を探った。

 以上の特集記事導入文についても色々な意見があると思われる。「白紙の状態から絵を描き、自ら動き、周囲を巻き込み、メンバーの力を束ねていく人」を一言で表現したいと思って、プロデューサーと呼んだのだが、異論のある方は多いかもしれない。「『プロデューサー』と呼べる人には、誰でもなれる」という一文に反論も予想される。

 正直に書くと、社内から「プロデューサーの定義が不明確」「いきなりプロデューサーを持ち出されても何だか分かりにくい」といった批判が出た。また、社外から「表紙に椅子が描いてあったが、あれはどう見てもプロデューサーではなくて監督が座る椅子である」といった突っ込みも頂戴した。