家電量販店に行けば、ポイントカード保有者にポイントを還元し、次回以降の買い物で使えるという仕組みがよくある。「何となくそんなに得していないような気もするが、ポイントをためられるならためておきたい」という人が多いのではないだろうか。

 価格ではなくポイントが購買行動に影響を与えているという現象を説明するために、「行動経済学」と呼ばれる学問分野がある。伝統的な経済学が、原則として「1円でも安くて良い物を手に入れるために、完ぺきな計算をして合理的に判断する」人を前提としているのに対し、行動経済学は「気まぐれで感情に動かされて、非合理な判断もしてしまう」という現実的な人の行動に焦点を当てている。

少ない割引率でも、非合理な顧客は動く

 かくいう筆者もポイントに弱く、合理的な判断ができない1人である。例えば、5万円のデジタルカメラを「20%ポイント還元」で買うと、1万円分のポイントが付く。伝統的な経済学、というより算数で考えれば、5万円のデジカメと将来買う1万円分の商品と合わせて6万円分を5万円のお金で買うのだから、割引率は(6万円-5万円)÷6万円=16.7%になる。

 5万円の16.7%引きは4万1667円である。冷静かつ合理的に考えれば、「4万1500円に値引きされた定価5万円のデジカメ」を買ったほうが「5万円、20%ポイント還元のデジカメ」を買うよりも得である。

 それでも、2つの選択肢が目の前にあったら、筆者は思わず後者を選んでしまう。根っからの文系人間だということもあり、売り場でこれから買い物をしようというときに、即座に合理的な計算はできない。「1万円分のポイントを何に使おうか…デジカメ用のケースでも買おうかな、航空会社のマイルに交換して旅行でもしようかな」というワクワク感もある。行動経済学では、こうした判断の傾向を「フレーミング」「選好の逆転」といったキーワードで説明するようだ。

 これが仮に「4150万円に値引きされた5000万円のマンション」と「5000万円、20%ポイント還元のマンション」という選択肢なら、筆者も間違いなく前者を選ぶと思う。絶対的な安さが、ワクワク感に勝るからだ。

 「100年に1度の大不況」で不動産市場が冷え込むなか、住宅を売る側は「20%ポイント還元」ではないとしても、値引きをする代わりに、豪華なシャンデリアや防音壁などのオプションをおまけしてくれるかもしれない。それでも絶対額が大きいだけに冷静に計算すると思うが、「世界に10個しかない限定豪華シャンデリア」と言われたり、あるいは同伴者がいたりすると、合理的な判断ができないかもしれない。

行動経済学で売り手も買い手も幸せに?

 筆者は、『日経情報ストラテジー』の最新号(6月号)で、「『行動経済学』で非合理な顧客を動かせ」という記事を執筆した。伝統的なマーケティング手法とは一味異なる行動経済学的なアプローチを実践しているカシオ計算機、小林製薬、星野リゾートなどの事例を紹介している。

 日経情報ストラテジーの読者は企業側、売り手側の人が主だ。企業にとっては、不況だからといって安易に値下げに走るのではなく、行動経済学的な方法論も知ったうえで「非合理」な顧客の心理を最大限に利用し、価格以外のやり方で顧客満足を目指したほうが得策だ、と特集記事の中で提案している。

 逆に言えば、「20%ポイント還元」に釣られる筆者は、非合理な顧客心理を企業側にいいように利用されている“愚かな消費者”なのかもしれない。しかし、企業にとっては少ない割引で済み、筆者も「損をした」とは思わずワクワク感で満足しているのだから、両者にとって幸せだとも思う。そういう面が全くなければ、「20%ポイント還元」のようなものは世の中から消えていくはずだ。