業績の下方修正を伝えた席とは思えない,力強い会見だった。シャープが2009年4月8日に開催した記者説明会のことだ。
シャープの片山幹雄社長は業績報告に続けて,新しいビジネスモデルの導入を発表した。消費地に近い世界5極で生産する「地産地消型」への転換,最終製品ではなく生産ノウハウをコアコンピタンスとする「エンジニアリング事業」の推進を柱とする。
悪いニュースと同時に,それを上回るだけの前向きな話題を提供する。広報活動としては常套手段といえる。その結果,業績下方修正の記事は隅に追いやられ,新しいビジネスモデルの話題の扱いが圧倒的に大きくなった。シャープの狙いどおりだろう。
巧みな広報戦略以上に印象的だったのが,片山社長のリーダーシップである。会見の席では,多くの質問が出た。当然,厳しい質問もある。
片山社長はこれらの質問に対して,自らの言葉で明確に答えた。ぶれることがないのである。この様子を見て,筆者は今回の発表が社内で十分に議論を尽くし,練られた戦略であることを実感した。同時に「トップ会見とはこうあるべき」という思いを強くした。
IT業界トップの印象は薄い
この会見とは別に,リーダーシップの違いを感じる場面があった。政府のIT戦略本部(高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部)の専門調査会である。
2015年までのIT戦略を練る同調査会には,IT業界だけでなく,産業界のトップや識者,そして消費者団体の代表など各界の著名人が名を連ねる。会合では,同じ話題に関して顔を突き合わせて議論するので,各人の視点や個性の違いが際立ってみえる。
大学から参加しているある委員は,「表層的な問題ではなく,本質を追求しよう」と言う。いかにも先生らしい発言だ。産業界代表として参加する別の委員は,大組織を動かしている経験を踏まえ,「強い決意が必要。取り組む分野が多すぎるのではないか。成果は分かりやすく表現すべき」と,基本方針作りの心得を披露する。
彼ら・彼女らの話を聞くと,所属の大学や企業で,日々こうした熱い議論を繰り広げているのだろうと想像したりする。
これに対し,IT業界トップの発言は印象が薄い。言い換えれば,記事として引けるコメントが少ない。技術の担い手として,技術トレンドをどうとらえているのか。ITを活用して,これからどのような社会を作り上げたいと考えているのか。IT業界のトップからは,これらに関するメッセージが残念ながら伝わって来なかった。
技術のすう勢については,メディアに所属する委員の方が的確にとらえているような印象を受ける。消費活動に関しては,女性委員の「母としての体験談」に比べると一家庭人や一消費者としての実感が全く伴わない。
IT分野のトップは,なぜか本質に迫る議論を回避していることが多いように思う。トップに限らず,社内でも同じような風潮かもしれないと,つい勘ぐってしまう。
不況期の今,日本のトップの発言に物足りなさを感じるのは,数年前の米国の取材で,こんな経験があったからである。テレコムバブルが弾けた後の今後の方向性として,米国の半導体メーカーの社長が「これからはコンテンツの時代ですよ」と断言した。だから,コンテンツ処理に必要な半導体に力を入れるというのである。
この言葉に筆者は驚いた。「半導体メーカーは,製品の納入先である機器メーカーの動きはよく見ているが,エンドユーザーからは距離がある」という先入観を抱いていたからである。しかし,後から振り返ると,このトップは“Web2.0”の潮流を見事にとらえていた。この例に限らず,海外のトップは業界の将来ビジョンを共有していることを,その後のいくつかの取材で実感した。
不況に立ち向かわなければならないこの時期こそ,日本のIT企業のトップはリーダーシップを発揮して,顧客や社員との議論を活性化し,時代に合わせた構造改革を実践する必要があるのではないか。引けるコメントが多く飛び出すトップの登場を期待したい。