米国のNPO(非営利組織)、グリーンリーフ・センターの前所長であるラリー・スピアーズ氏は、1998年に発表した論文にこんな一文を記した。「スピアーズによるサーバント・リーダーの属性」と題した10項目のうちの一つである(翻訳は神戸大学大学院の金井壽宏教授)。
スピアーズ氏は「サーバント・リーダーシップ」の研究者である。サーバント・リーダーシップとは、「ミッションと仲間に奉仕する」という基本精神を持つリーダーのあり方だ。
一般的にリーダーシップというと、能力が高く声も大きく、人を引きつける魅力を持った人物が、周囲の人々を巻き込んで組織をグイグイ引っ張る、という印象がある。サーバント・リーダーシップはこれとは180度異なる。むしろ周囲の人々を支えるイメージである。
組織を率いるリーダーに必要な要素
サーバント・リーダーシップを最初に唱えたのは、ロバート・グリーンリーフ(1904-1990)という人物だ。グリーンリーフは米AT&Tでマネジメントやリサーチ、教育に携わった後、米マサチューセッツ工科大学などで教授として教壇に立った。
1970年代に書籍を執筆し、このサーバント・リーダーシップという持論を世に問う。書籍名はずばり『サーバントリーダーシップ』。2008年末に邦訳が英治出版から出版されている。
冒頭に引用したスピアーズ氏の論文では、サーバント・リーダーに必須の能力として「他者や組織を癒す力」を挙げている。数年前に日本で「癒し」というキーワードが話題となったのは記憶に新しい。それよりも前の1998年に、経営学の分野で癒しを掲げていたのは興味深いことである。
注意したいのは、スピアーズ氏が言う「癒し」は、私たちが通常使う「癒し」よりも広い意味を持つことだ。私たちは癒しを「ホッとする、楽になる」という意味で使う。スピアーズ氏は癒しを上記の訳の通り、「本来あるべきなのに欠けているもの、足りないものを補っていく」という意味合いで使っている。
なぜスピアーズ氏は、組織を率いるリーダーに必要な要素として「癒し」を重要視するのか。競争とスピード、パワーが重視されるビジネスの世界に、癒しというキーワードは似つかわしくない印象がある。
だが少し考えてみると、スピアーズ氏が言う「欠けているもの、傷ついているところを見つけ、全体性を探し求める」という癒しは、組織を強くする上で、とても重要であることがよく分かる。
癒しは英語なら「Healing」。全体性を意味する「Holos(ホロス)」が語源だと言われている。人間が本来持っている全体性、つまり自己治癒力を調整するのがHealingだとすれば、それは組織も同じである。組織が本来、持っていたはずの自己治癒力を取り戻すために調整する。スピアーズ氏は「リーダーにはそのような能力が求められている」と言いたいのだろう。
過去に日経コンピュータで取り上げてきた事例などを引用しながら、IT組織を強くする「癒しの力」について考えてみよう。