1カ月ほど前,この記者の眼に「見積もり2億円のIP電話を820万円で構築した秋田県大館市から学べること」という記事が掲載された。市役所の職員である中村芳樹さんが,Linux上で動くAsteriskというオープンソースのIP-PBXソフトを導入して,システム構築コストおよび運用コストを大幅に削減したという事例を取り上げたものだ。

 この記事に対して,読者のみなさんから多くのコメントが寄せられた。そこで目に付いたのが,「一部マニアの手作りシステム構築が,後に厄介なことになるのは,みんな知っていることだと思います」といった,どちらかというと否定的なものだった。

 ここで疑問がわいた。単純に考えれば肯定的にとらえられるはずの事例が,なぜ否定的な目で見られるのだろうか――。

情報化投資で立ち遅れている日本

 この疑問を解くとっかかりとして,一つのデータを見る。総務省が2008年7月に公開した「平成20年度 情報通信白書」にある,日米間における情報化投資の差についてのデータだ。

 1995年の日米両国の情報化投資額をそれぞれ100とすると,2006年の情報化投資額は日本で188(1.88倍)であるのに対し,米国では373(3.73倍)になっている。この数字から言えることは,「日本企業はそもそも情報化への投資に積極的ではなかった」ということだ。

 同じく情報通信白書から,日米の情報化投資の内訳の差を見てみたい。日本国内の民間企業における2006年の情報化投資額の合計は19.2兆円で,その内訳は,「電気通信機器」が9.2%,「電子計算機本体・同付属装置」が44.9%,「ソフトウエア」が45.9%となっている。一方,米国企業における2006年の情報化投資額の合計は4486億ドル。内訳は,「電気通信機器」が25.4%,「電子計算機本体・同付属装置」が45.4%,「ソフトウエア」が29.2%である。

 両者を比較すると,ソフトウエアにかけるコスト比に差があることが分かる。ソフトウエアへの投資額を差し引いて,ハードウエアの投資額だけで日米を比べると10.4兆円対3174億ドルとなり,1ドル100円で計算するとその差は約3倍になる。

 なぜハードウエアだけで比較したのか。少なくともハードウエアはユーザー企業自身で開発し,用意できないものだからだ。利用するハードウエアはどこからか調達しなければならない。そのため,投資額の差がシステム規模の差にある程度比例するのではないかと考えたわけだ。

ソフトウエアへの投資効率は日米間で2倍

 ただ,「日本はハードウエアへの投資額が低いから,IT技術活用の環境がない」と言いたいわけではない。問題は,ソフトウエアへの投資額の比率が極めて高いという点にある。

 ハードウエアの場合と同様の計算をソフトウエアでもしてみよう。日米のソフトウエア投資額を比べると8.8兆円対1312億ドルとなり,1ドル100円で計算するとその差は約1.5倍だ。乱暴な計算だが,米国のITシステムを日本のそれと比べると,3倍の規模のシステムを1.5倍の投資額のソフトウエアで動かしていることになる。言い換えれば,「ソフトウエアにかける投資効率は日米で2倍の差がある」となる。

 日本のIT産業の構造をかんがみると,ソフトウエアの投資比率が高くなるというのはうなずけるところだ。ユーザー企業は,SI業者などにITシステムの要求仕様を出し,ITシステムを構築してもらう。こうして構築してもらったITシステムをユーザー企業は利用する。

 ここで,冒頭に取り上げた秋田県大館市のAsterisk導入の事例につながる。回線設備やLANケーブルの敷設など,物としての“ハードウエア”にかかるコストもさることながら,この事例で大きくコスト削減できた理由は,Asteriskというオープンソース・ソフトを使用した点といえる。システムの規模に対して,ソフトウエアにかかるコストをできるだけ抑えた事例として見ることができる。

 前述のとおり,ハードウエアにかかるコストを削減するのは,ユーザー企業だけで努力するには限界がある。最近はパソコンが高性能になったとはいえ,ある規模のシステムを構築するためには,それ相当のハードウエア(入れ物)が必要になるからだ。

 一方,ソフトウエアにかかるコストは,オープンソース・ソフトの利用も含めてユーザー企業である程度融通が利く部分だといえる。この「融通の利かせ方」の差が日米間の情報化投資の差になっているように見えるのだ。

 ただし,無条件でソフトウエアにかかるコストに融通が利くわけではない。融通を利かせるためには一つ条件がある。それは(当たり前かもしれないが)「“デキるIT技術者”がいる」ということだ。