ユーザー企業では“デキるIT技術者”が不足している

 冒頭の疑問――単純に考えれば肯定的にとらえられるはずの事例が,なぜ否定的な目で見られるのだろうか――に対する答えを簡単に言ってしまえば,「“デキるIT技術者”が社内にいないから」ということになるのだろう。

 例えば,秋田県大館市役所でAsteriskを導入した中村芳樹さんと同程度の技術力を持つ職員がほかにもたくさんいるような環境なら,読者から寄せられるコメントもそう否定的なものにならなかったはずだ。

 このあたりの状況は,情報処理推進機構(IPA)が2008年秋に行った「IT人材市場動向調査」の結果を見れば納得がいく。これは,IPAがIT企業(対象3000社)やユーザー企業(同3000社),大学/高専/専門学校(同473校)などに調査票を送り,IT人材の動向について調べたもの。これまで,2009年2月同3月に調査結果の一部が公開された。

 その結果の中に,ユーザー企業における「IT人材の過不足感」を調べたものがある。IT人材の「量」と「質」について過不足感を聞くという調査である。

 IT人材の「量」に関する調査結果では,「大幅に不足している」が22.7%,「やや不足している」が58.5%となった。合わせて8割強のユーザー企業がIT人材そのものが足りないと感じているのである。一方のIT人材の「質」については,「大幅に不足している」が31.6%,「やや不足している」が56.1%となった。こちらは,合わせると9割弱になる。ユーザー企業では,決定的にIT人材が不足しているのだ。

ユーザー企業は積極的にIT人材へ投資すべし

 どうしてこういう事態になっているのか。同じ調査の教育機関向けの項目にある「2007年度の情報系学科卒業生の進路」を見ると,IT系企業といえる「通信事業者・コンピュータ・メーカー」が10.6%,「情報サービス・ソフトウエア企業」が37.1%,「ゲーム・Web制作系企業」が3.1%という結果になっている。合計で50.8%なので,二人に一人はIT系企業に就職している格好だ。

 一方,「その他企業団体(ユーザー企業等を含む)」は7.6%しかいない。その他の選択肢には,「非IT系職種として就職」(15.5%),「進学」(22.4%)などがある。つまり,IT系の職種としてユーザー企業に就職した卒業生は7.6%,13人に一人程度の割合しかいない。

 需要と供給のバランスからいって,情報系学科の卒業生がどの程度の比率でIT系企業とユーザー企業に就職するのが適当なのか,判断は難しい。

 ただ,ユーザー企業は,IT人材への投資を積極的に考える時期に来ているように思える。ITシステムにより業務効率を向上させるためには,ハードウエアやソフトウエアに投資するだけでは不十分だからだ。仮にオープンソース・ソフトを駆使したシステムを構築しなくても,最新のIT技術に精通した技術者を複数抱えていることのメリットは大きい。安定したシステム運用や迅速なトラブル対処には,IT技術者の力が欠かせない。ITシステムが業務効率向上にとって重要になればなるほど,逆にITシステムの停止が企業に与えるマイナスの影響は大きくなる。

 ユーザー企業は,情報系学科卒業生の採用を増やしたり,社内/社外研修を通してIT技術者を育成する必要がある。情報系学科卒業生の進路にある「非IT系職種として就職」(15.5%)にも注目すべきだろう。逸材が社内に眠っているかもしれない。

 ユーザー企業がこの不況を乗り切るためには,ITシステムを戦略的に活用することに加えて,“デキるIT技術者”が「一部マニア」と呼ばれることがないような社内環境を作ることが重要になりそうだ。