情報処理学会が2009年2月から「情報処理技術遺産」制度を開始し、初年度は23件を認定した。筆者は、そのうちの1件である富士通の「FACOM128B」の取材を以前から申し込んでいた。1959年生まれで今年50歳になるコンピュータを、さらに10年は稼働させるための定期保守現場を実際に目にしたかったからだ。そこでは世代を超えて対話することの重要性を改めて認識させられた。

50年前のコンピュータが元気に動く

 カシャ、カシャ、カシャ、カシャ――。リレー(電磁式スイッチ)の小気味良い音が響く。富士通の沼津工場内にある「池田記念室」の中で、FACOM128Bは動いていた(富士通が提供するFACOM128B紹介ビデオ)。CPUには5000個の、メモリーには1万3000個のリレーを使っている。

 FACOM128Bは、富士通が得意とする電話交換機の技術を使って独自に開発したコンピュータだ。国産初のリレー式コンピュータFACOM128Aの後継機として、1954年に登場した。国産旅客機YS-11の尾翼の設計や、国産カメラメーカーのレンズの設計などに利用されるなど、日本の近代化を支えた機種でもある。沼津にある同機は、日本大学に納入されていたものを譲り受け、1976年に再稼働させて以来、展示しているものである。

 富士通は、このFACOM128Bと同社の川崎工場にある128Bの後継機「FACOM138A」の2台を対象に、「富士通リレー計算機延命化プロジェクト」を立ち上げ、リレー式計算機を題材にした技術継承に取り組んでいる。両コンピュータを、128Bが還暦(60歳)を迎えるまでのさらに10年間、稼働させ続けると同時に、富士通のコンピュータ事業を立ち上げた池田敏雄氏のDNAを引き継ぐのが目的だ。

OBと現役技術者がチームを結成

 延命化プロジェクト自体は2006年にスタートした。「技術伝承に向けた取り組み事例」として種々のメディアにも紹介されているため、ご存じの方も多いだろう。1976年の再稼働にも携わった保守技術者のOBと、現役の保守技術者が専門チームを結成し、展示機を定期的にメンテナンスしながら、延命に必要な手だてを打っていく。筆者が沼津を訪れたのは、そんな定期保守作業の最終日である。

写真1●富士通のFACOM延命化プロジェクトに携わる技術者のみなさん。中央の3人がFACOM128Bの現役時代に保守を担当していたOBの方々
写真1●富士通のFACOM延命化プロジェクトに携わる技術者のみなさん。中央の3人がFACOM128Bの現役時代に保守を担当していたOBの方々
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 プロジェクトチームの方々は、これまでにも何度も説明されたであろう、リレー式コンピュータの仕組みを、その周辺機器を含めて丁寧に説明・実演してくれた(写真1)。途中、「あれっ、動かない?」と思わせるような場面もあったが、スイッチの入れ忘れといった程度のことで解決。その際のみなさんの顔つきが一瞬厳しくなった際は、見学者のほうが申し訳なくなるほどだった。それほどまでに、チームの方々の取り組み姿勢からは熱い想いが伝わってきたのである。

 デモ後のインタビューを通して再認識させられたのは、「リレー式コンピュータは、加減乗除などの原理を知らなければ保守できない」ということだ。論理設計図に基づいて組み合わされているリレーがすべてなのだから当然だ。例えば、「ある数の8倍は、10倍した数から2倍した数を引く」というロジックを知らないと、どのリレーに異常が発生したのかを追いかけることができない。

 現在の保守現場では、「計算ロジックまでを追うことはない」(現役の濱田忠男氏=富士通特機システムフィールド統括部サポート・サービス部サービス推進課長)。故障部位を切りわけたら、ブロック単位で交換する。「8倍は、10倍した数から2倍した数を引く」というロジックを思い浮かべることは、むしろ新鮮に感じられないだろうか。