「Day2を見習い、締め切り厳守でいく」。記者2人にこう指示し、「Day2特集作成プロジェクト」を開始した。Day2は三菱東京UFJ銀行が先頃終えた開発プロジェクトの通称で、6000人の技術者が参加した。世界最大と言われた開発を納期と予算通りに終えた同行にあやかり、その顛末を報じる我々3人も納期を守ろうとした。しかし、現実は厳しかった。

 厳しかった現実を以下に紹介する。その前にお断りしておくが、今回の原稿は「記者の眼」ではなく、正確には「編集長の眼」である。この原稿を書いている筆者が、記者ではなく、日経コンピュータの編集長だからだ。何らかの知見を披露するわけではまったくないので、もっと正確に書けば「記者のつぶやき」ならぬ「編集長のつぶやき」というべき内容になっている。

 ITproの「記者の眼」欄の原稿はITpro編集部に加え、各雑誌の編集部が交代で執筆を受け持っている。この2月、ITpro編集部の担当者から「3月16日公開の記者の眼を日経コンピュータでご担当ください」という依頼メールが来た。ちょうど3月4日号の日経コンピュータに『6000人の正攻法~三菱東京UFJ銀行「Day2」から学ぶ』と題し、三菱東京UFJ銀行の開発プロジェクト特集を掲載したところだったので、これを記者の眼のテーマにしようと決めた。

 編集長は記者に命令する権限を有するから、Day2特集を書いた記者に「ITproに何か書いて」と伝えればそれで済む。だが、おって述べる事情があって今回は指示しにくかった。といって、Day2のことはぜひ触れたい。6000人を動員したDay2プロジェクトについて筆者自身、昨年数回にわたって原稿を書いてきたからだ(『6000人が作ったシステムは必ず動く』『失敗を待つマスメディアの監視下、システム一本化を始める三菱東京UFJ銀行』『「トレードオフの概念は日本に無いのか」、三菱東京UFJ銀のシステム一本化報道に思う』)。

 それなら自分で書けばよい、ということになるが、そうもいかない。昨年末、『23年間続けた記者の仕事から引退します』に書いた通り、この1月1日から編集長に就任したため、原則として原稿を書くのは止めてしまった。しばし考えたあげく、「編集長の眼、あるいは編集長のつぶやき、ということにして書いてしまえばそれでよい」と勝手に判断した。

6000人の奮闘を記録に残そう

 前置きが長くなった。それではDay2の特集記事が出来上がるまでの経緯をご紹介する。

 この特集を掲載することはずいぶん前から決まっていた。なにしろ世界最大級のシステム開発プロジェクトである。記録を残すという意味においても、何らかの報道をしなければならない。金融機関の情報システム動向を追ってきた、O記者が担当することもすぐ決まった。「決まっていた」「決まった」と他人事のように書いたが、これは筆者が編集長に就任する前から決まっていた、という意味である。

 編集長に就任することが内定した昨年末、O記者が相談にやってきた。

O記者 「Day2の特集を2009年のどこかでやりたいのですが」
筆者 「もう終わったプロジェクトだから2009年が明けてすぐ掲載したい」
O記者 「それがちょっと難しいのです。なにしろ取材を受けてくれるかどうかも分からない状況でして」
筆者 「なぜ。せっかくトラブル無しで乗り切ったのに」
O記者 「いや、それがよくないみたいです。時節柄、うまくいった、と自慢しているような記事はいかがなものか、と思っているようです」
筆者 「なんだそれ、と言いたいが分かる気もする。こう言って説得してくれ。『6000人のエンジニアが頑張った、という記録を残すために協力してほしい』と」

最大プロジェクトの報道は最大級の記事で

 その後、三菱東京UFJ銀行は経営の意思決定の場で、「日経コンピュータの取材を受けるべきか否か」を議論し、受けることを決めたという。「という」と書いたのはO記者がそう言ってきたからだ。取材の許可が下りた後、O記者がまたやってきた。

O記者 「どのくらい書けばよいでしょう。通常の特集ですと16ページ前後ですが」
筆者 「いきなり量を言わないように。今回の特集の売り物は」
O記者 「巨大プロジェクトをしっかりマネジメントした、ということでしょうか」
筆者 「それだけでは弱い。その話なら10年以上前、三菱銀行が東京銀行を合併した時に書いた。それにDay2の途中でプロジェクトマネジメントのやり方を彼らが発表し、君、それを書いたじゃない」
O記者 「はい。あの時、書いた計画通り、うまくやったということなのです。前回の記事と違いを出すために、巨費を投じてDay2をやるべきであったかどうかを識者の意見を交えて考えてみるのでしょうか」
筆者 「今回、そこは触れなくていいのではないか。いったん決めたプロジェクトを6000人がきっちりやり抜いたということ自体が偉業だ。プロジェクト自体の決定を問うのは別の企画だろう。本来、日経ビジネスが書くテーマかもしれない。プロジェクトを振り返ってみると、なにかドラマはないのか」
O記者 「個々のサブプロジェクトごとに当然あると思いますが、全体としてみると、いい意味でドラマがないまま、6000人が黙々と走り抜いた、という感じです」
筆者 「分かった。それでいこう」
O記者 「は?」
筆者 「全体としてみると、と言っただろう。だから全体を書く。プロジェクトの計画作りからチーム編成、開発の工夫、テストや移行や品質管理の苦労話、エンジニアの士気向上策、それぞれ数ページをとって書き込んでくれ」
O記者 「....」
筆者 「それから、プロジェクトの基本方針を決めた同行の会長、プロジェクト総責任者であった頭取のインタビューも入れよう」
O記者 「あの、挙げられたテーマごとに数ページ書くとなりますと、30ページ近くなってしまいます」
筆者 「突出感がない。40ページはやりたい。世界最大プロジェクトを独占報道するのだから」
O記者 「40ページを一人で書くのはちょっと....」
筆者 「ありがたい話ではないか。涙を流して感謝してもよいと思うが。まあ、勉強になる企画だから、若手記者を一人追加しよう。2人投入するのだから締め切りは必ず必ず守るように。見事に完遂したDay2のことを書こうとしたら締切遅れをやらかしました、と言ったら格好が付かない」