岩手県紫波町(しわちょう)は、住基カードが普及している町として関係者によく知られる自治体だ。これまでに発行した住基カードは1万枚を超える。町の人口は約3万4000人なので、普及率は29%だ。ちなみに全国での累計発行枚数は291万枚、普及率は2.3%である(枚数は2008年12月末時点・総務省発表。人口は1億2700万人で計算)。

 では、なぜ紫波町では住基カードがこんなに普及したのだろうか。

 先日、紫波町で住基カード普及を担当している松村寿弘氏(同町生活部町民課町民窓口室主査)の講演を聴く機会があった。松村氏が語った主な普及策は以下ようなものだ。

  1. 国の特別交付税措置を活用して住基カードの無料交付
  2. 身分証明書として利用できることをアピール
  3. 券面提示によるインセンティブ(地元ショッピングセンターで買い物をしたときのポイント取得、第三セクターおよび町立温泉の割り引き)
  4. 自動交付機の証明書発行手数料を割り引き
  5. 印鑑登録証の新規交付を廃止し、住基カードに順次置き換え
  6. 商店街にポスターを張ってもらいPR
  7. 町長が出演したCMをラジオで繰り返し流す
  8. e-Taxで使うためのICカードリーダー/ライターを町役場で8台用意し、無償で貸し出し
  9. 町内在住の職員の9割以上が住基カードを所持

普及啓発ポスターを商店街ですべて手渡し

 紫波町の普及策で特徴的なのは「手間暇をかけて対面でのPRに努めた」ということではないだろうか。

 紫波町ではまず、住基カードが身分証明書として利用できることをアピールすることから始めた。高齢者や婦人会のイベントや会合に積極的に参加して、直接説明する機会を多く持つようにした。町役場の窓口では、来庁者に住基カードのPRをしたという。窓口職員が住基カード取得の勧誘をしている自治体はおそらく少数派だろう。また、かつては住基カードを身分証明書として認めていない金融機関も多かったので、松村氏は町にあるすべての金融機関(5機関)を回り、認めてくれるよう説得した。

 普及促進のポスターは700枚印刷した。公共施設などのほか、商店街にも張り出してもらいたいと考えた。しかし、郵送で送りつけただけでは張ってはもらえないだろう。そこで松村氏は、商店街を1軒1軒回り、すべて手渡しでお願いをしたという。おかげで多くの協力を得ることができた。「商店街の2軒に1軒くらいは住基カードのポスターが張ってあります」と、冗談めかして松村氏は言う。

 地道なだけでなく、アイデアもある。地元ショッピングセンターとの連携によるポイントサービスは、紫波町が全国で初めて実現させた。買い物をしたときに、ショッピングセンターのポイントカードと合わせて住基カードの券面を提示すると、ポイントが追加加算されるというサービスだ。

 顔写真付きの住基カードは身分証名証としても使える。つまり、券面提示という「個人認証」を利用したサービスである。ICチップの機能にこだわっていては出てこなかった発想だ。見方によっては、電子政府関係者が好んで口にする「官民連携」の先行事例といえるだろう。

 税金の申告期間中は、e-Tax(電子申告)で住基カードを使うためのICカードリーダー/ライターの貸し出しも行った。本来であれば納税は税務署の管轄だが、住基カード普及の観点から、町独自の活動として役場の窓口で無償で町民に貸し出したのである。8台用意して昨年度は延べ54人が利用した。ただ単に貸し出すだけでなく、町民からの質問に答えられるように、松村氏は自ら電子申告を行って操作方法を習得したという。

 「住基カードが普及しない」と言われ続けて何年も経つ。使い道に乏しいから、使い勝手が悪いから普及しなかったという面もあるだろう。しかし、紫波町の実績を見ると、各自治体が地道な普及活動を行えばもっと広まったのではないかとも思えてくえる。

 いろいろなステークホルダーに、手間暇をかけて直接働きかけた紫波町の取り組みは、住基カードに限らず、「電子自治体サービスの普及」という観点からも多くのヒントを与えてくれるのではないだろうか。なお、当日の発表資料は主催者サイト(「NEC C&C財団シンポジウム 地域の安心・安全のための情報化のあり方」)からダウンロードできる。