話し方についてコンプレックスを持っているITエンジニアは少なくないのではないか。かく言う記者も,話し方には全く自信がない。

 例えば,編集会議の場での発言。記者が「これについて話をしたい」と思って,勢いよく発言をし始める。ところが,どんどん話はよれていってしまう。

 話がよれると焦りも募る。「おいおい,話がどんどんよれていくじゃないか。なんとかしなきゃ」。こう思うものの,話の内容は脱線に脱線を重ねていく。結局,話の結論が自分でもよく分からないまま,話が尻すぼみになってしまう。

 こういうときの後味の悪さは,思い出すのもいやなくらいだ。しかも,そういう時に限って,追い討ちをかけるようなことを言われる。入社して2,3年のころ,ある会議の後に,先輩からこう言われた。

「お前の話,あんま良く分かんないんだよな」

 先輩は笑顔かつ明るい口調で,記者のトドメを刺した。その表情と指摘された内容のギャップが,記者にはえらくこたえた。

「話し方入門」の記事担当に立候補


 そんな忸怩(じくじ)たる思いを積み重ねて入社9年目となる昨年後半のことだ。記者が所属する日経SYSTEMS編集部の会議で,「話し方」をテーマにした特集記事企画を進めることが決まった。

 渡りに船とは,まさにこのことだ。「話し方に自信がないのを克服できるいい機会じゃないか!」。こう思った記者は,企画を出した担当者でもないのに取材・執筆・編集担当に立候補。特集の担当に決まった。

 あとから振り返ると,「自分のためになるから」という理由で立候補したのが,とても恥ずかしい。だが人間,どんな理由であれ,肝心なのはやる気だ。こう割り切って,コミュニケーション研修や話し方研修を手がける研修会社の講師,現場で話し方のノウハウを身に付けてきたベテランITエンジニアに取材を敢行。話し方に関する数々のコツやポイントを聞くことができた。

 取材では「なるほど,そうすればよいのか」「そうか,こういう話し方は良くないのか」と感心すること,しきり。何より,「コツをつかめば,話し下手を何とか克服できそうだぞ」と,記者自身が前向きになれたのが収穫だった。

 「おいおい,自分だけ前向きになってどうする。記事を書くための取材だろうが!」。こんなお叱りを読者から受けてしまいそうだが,ご心配なく。日経SYSTEMS3月号の特集2「ITエンジニアのための話し方入門」で一応(?),記者としての責務は果たしたつもりだ。

突然,特集担当の真価が問われることに…

 これで記者の仕事は一段落と思いきや,それは甘かった。特集の記事執筆・編集を終えた記者は2月中旬,数十人が集うある懇親会に参加した。

 会の始まりに席の近くの参加者とはひと通り名刺交換を済ませた。「もう自己紹介することはないだろう。ひと仕事終わったことだし,のんびり楽しむか」。記者はのんきに,お酒を美味しくいただいていた。

 ところが懇親会も半ばを過ぎたころ,記者の耳に進行役の言葉が飛び込んできた。一人ずつ自己紹介のスピーチをしてほしいと,言い出したのだ。記者の酔いは一気にさめた。

 何しろ記者は「話し方入門」の特集をまとめたばかりだ。記事の担当者が,よれよれの自己紹介スピーチをしたらどうなる? 格好がつかないじゃないか!

 まずいことに,その場にいた参加者の多くは日経SYSTEMSの読者でもあった。懇親会の後で,日経SYSTEMSの「話し方入門」の記事に目を通す確率はめちゃくちゃ高い。記事を読んで「懇親会のあの“よれよれスピーチ記者”が『話し方のコツはこれだ』なんて書いている。説得力がないよな」と思われてしまったらアウトだ。いきなり特集担当記者の真価が問われることになったのである。