「IP電話を導入する場合のベンダーの見積もりは約2億円だった。アナログ交換機を更新する場合でも費用は約2000万円。しかし自分たちで敷設することでサーバーは20万円,電話機500台は800万円で導入でき,電話料金も年間400万円削減できた」---秋田県大館市産業部商工課商業労政係主事の中村芳樹氏は,IP電話導入の経緯と効果をこう振り返る。
オープンソースIP-PBXを自宅で検証
秋田県大館市は2008年12月,市庁舎にIP電話を導入したことを公開した。同市は2005年6月に1市2町が合併して現在の大館市となった。以前の市と町の庁舎を有効活用するため分庁舎制をとっていたが,8庁舎9事務所間の連絡を公衆回線で行っていたため「多大な電話料金が生じていた」(大館市)。2006年,本庁舎の構内交換機を交換する時期に合わせ更新を検討した。電話料金の削減を狙いIP電話を検討したが,ベンダーからの見積もりは約2億円。電話料金の削減をあきらめて従来と同じアナログ交換機を更新する場合でも約2000万円との見積もりだった。
このとき,自前でのIP電話導入を提案した職員がいた。前述の中村芳樹氏である。中村氏は同市商工課の職員。電話網を担当する総務課ではなかったが,趣味で中学生のころからパソコンを使っており,独学でプログラミングも学んでいた。市でIP電話の導入を検討していることを耳にした中村氏は,市の職員提案制度を使い,オープンソース・ソフトウエアであるAsteriskを利用したIP電話網の導入を提案した。
Asteriskは米Digium社が開発しオープンソース・ソフトウエアとして公開しているIP-PBX(交換機)ソフトウエアである。有償版もあるが無償版はライセンス料無料で利用できる。Asteriskを導入することで,普通のPCサーバーをIP-PBXにすることができる。とはいえ,中村氏が提案した2007年当時,それほど多くの導入事例が蓄積されているわけではなかった。
そこで中村氏は実際にAsteriskによるIP電話網を構築して検証を行った。まず自宅で1カ月使用。次に市庁舎に20台のIP電話機を導入し,離れた庁舎を結んで通話に問題がないことを確認した。
ケーブルも自分たちで敷設
ケーブルも職員が自分たちで敷設した。セキュリティ確保のため,既存の業務系LANとは別にケーブルを用意することにした。中村氏のほか,総務課の職員など5人で庁舎内にIP電話用のケーブルを敷いた。本来の業務をこなしながらのため,就業時間外や土日などを使い,ケーブルを敷設した。総延長は9km,電話機代800万円のうち200万円はケーブルの費用である。回線はNTTのひかり電話,庁舎間の接続はダークファイバーと,Bフレッツを利用したVPNで構築している。Asteriskは無償版,サーバーのOSは英CanonicalのLinuxディストリビューションUbuntuである。
そして2008年4月,大館市はIP電話に移行した。IP電話化により庁舎間の電話料金が不要になっただけでなく,各課にダイヤルイン番号を持つことができるようになり,交換手の手間を大幅に軽減できた。また,他の庁舎や施設に電話を転送した後,電話をかけ直すことなくさらに別の施設に転送することもできるようになった。
障害は1度だけ発生している。稼働後約1カ月ほど経過したころ,メンテナンスのAsteriskサーバーを停止したところ,各IP電話機からのARP(Address Resolution Protocol,IPアドレスからMACアドレスを問い合わせるプロトコル)が大量に送信され「ネットワークが落ちた」(中村氏)。ARPパケットが1秒間に1度流れる仕様になっていたため,設定を変更しARPパケットの間隔を長くすることで再発を防止した。
稼働から約1年を経た現在,大館市のIP電話網は安定して稼働している。
ITproの連載「Asteriskを使う」の著者である日本Asteriskユーザ会の高橋隆雄氏は「500端末は日本全国でも最も大規模な事例ではないか」と指摘する(関連記事)。庁舎間の連絡を公衆電話網からIP電話に切り替えたことによるコスト削減は,年間約400万円になるという。中村氏はIP電話導入の功績が認められ市長表彰を受けた。「ノウハウを蓄積し他市にも提供したい」と中村氏は語る。