記者の仕事の基本は人に会って話を聞くことだ。しかし,私が守備範囲と思っているマイクロソフトの「Windows」やWindows向け開発ツール「Visual Basic」(現在では「Visual Studio」の一部)の記事執筆は,人に話を聞くことだけでは成り立たなくなってきた。

 バックナンバーを開いてみたら,日経コンピュータの1991年6月17日号では「386対応で新境地開くMS-WindowsとOS/2」という記事でWindows 3.0を動かして撮影した画面写真を掲載している。同12月30日号では「充実してきたGUIアプリ開発ツール」という記事でVisual Basic 1.0を動かして撮影した画面写真を掲載している。どちらもNECのパソコン「PC-9801ES」で動かしたものである。当時でも,書きたいことにぴったり合った画面写真を用意するには,ソフトウエアを自分の机の上で動かすのが一番だった。

 ソフトウエアを自分で動かすのは,画面を掲載するためだけではない。ソフトウエアの細かい仕様や動作は,人に話を聞いてもはっきりしないことがよくある。ソフトウエアをみずから使ったうえで取材する,ドキュメントを読んだうえで取材する,といった作業が求められるケースが増えてきたのである。

インストールも取材のうち

 最近の例では,日経ソフトウエア2008年12月号の特集「Visual Studio 2008 Service Pack 1,ここがスゴイ20!」で,Visual Studio 2008(VS2008)のSP1(Service Pack 1)適用前のものと,適用後のものをインストールして比較した。

 こう書くと,適用前と適用後で二つの開発環境を作ればよいようだが,実際はもっと面倒だ。ちなみに,ここで「開発環境」と呼んでいるのは,オペレーティング・システムの上に開発に必要なソフトウエアをインストールして作業ができるようにしたもののことである。見出しで「開発環境」と呼んでいるのは,それを複数集めた総体を指す。紛らわしいがご容赦いただきたい。

 VS2008には無償版(Express)と有償版(Standard,Professional,Team Suite)がある。記事執筆に当たっては,ExpressとProfessionalだけでよしとした。これでも四つの開発環境が必要になる。

 さらに,SP1適用前はバンドルされるデータベース管理システム(DBMS)が「SQL Server 2005」で,SP1は「SQL Server 2008」である。インストールのやり方によって,どのSQL Serverが入るかが変わる。

 SQL Server 2008は,無償版(Express)のパッケージだけでも6種類ある(x86とx64があり,それぞれに最小限のものと「with Tools」と「with Advanced Services」がある)。VS2008のExpressには,追加インストールして使うドキュメントのパッケージが,またまた複数ある。Visual Studioの開発環境をいくつ作ったのか,今となってはよくわからない。

 日経ソフトウエア2009年3月号には「Windows 7登場!『6.1』へマイナーチェンジ」という記事を書いた。この執筆にあたっては,マイクロソフトの仮想マシン・ソフト「Virtual PC」上に,(1)Windows 7ベータx86,ヴイエムウェアの仮想マシン・ソフト「VMware ESXi」上に(2)Windows Vista x86,(3)Windows Vista x64,(4)Windows 7ベータx86,(5)Windows 7ベータx64,(6)Windows Server 2008 x64,(7)Windows Server 2008 R2ベータx64,実マシン上に(8)Windows Vista x64,(9)Windows 7ベータx64をインストールした。

 「~は~でダウンロードしてインストールできる」という1行を確認するだけのために,数Gバイトのダウンロードと数時間のインストールが必要になることもある。Windowsウォッチャーも楽ではない。

 今の自分の仕事では,環境の構築に要する時間がかなり長い。狙った環境が用意できないと,そこから情報を引き出して記事にまとめることができない。思うようにいかないと冷や汗がたらたらと流れる。Windows記者,Visual Basic(Visual Studio)記者にとって,効率よく環境を作れるかどうかはとても重要なポイントなのだ。

Phenom X4機をVMware ESXi専用に

図1●2009年1月21日に撮影した,記者の自宅のコンピュータ・ルーム。端末として最も長時間使うノート・パソコン「Inspiron 700m」は,通常はこたつの上にあるので写っていない
図1●2009年1月21日に撮影した,記者の自宅のコンピュータ・ルーム。端末として最も長時間使うノート・パソコン「Inspiron 700m」は,通常はこたつの上にあるので写っていない
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 記者の書斎(機械室と呼ぶべきか…)は,2009年1月21日の時点で図1のようになっている。AMDのCPU「Phenom X4 9750」とメモリー6Gバイトを搭載したコンピュータでVMware ESXiを動かし,インテルのCPU「Core i7-920」とメモリー6GバイトのコンピュータでWindows Server 2008などを動かす。

 液晶ディスプレイが1024×768ドット表示の15型であるのはやや古くさいかもしれない。コンピュータ2台は,図1には写っていないデルのノート・パソコン「Inspiron 700m」(Pentium M 1.6GHz,メモリー1280Mバイト,Windows Vista x86搭載)からリモートで使う時間が長いので,液晶ディスプレイの更新は後回しになっている。

 Phenom機で動かしている仮想マシン・ソフトのVMware ESXiは強力だ。図2左の「VMware Infrastructure Client」で仮想マシンを作り,図2右のコンソール(console)画面で利用できる。仮想マシンのOS側でリモート・デスクトップによる接続を可能にしておき,Inspiron 700mからVMware Infrastructure Clientを介さずにリモート・ログインして使うのも快適だ。Windows XPやVistaなら二つのCPUを,Windows Server 2008なら四つのCPUを仮想マシンに割り当てることができ,かなり速い。

図2●ノート・パソコンから,VMware ESXiを利用しているところ。左側のウィンドウがVMware ESXiクライアントのメイン画面,右側のコンソール・ウィンドウの中ではWindows 7ベータを動かしている
図2●ノート・パソコンから,VMware ESXiを利用しているところ。左側のウィンドウがVMware ESXiクライアントのメイン画面,右側のコンソール・ウィンドウの中ではWindows 7ベータを動かしている
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図3●VMware ESXiの「スナップショット・マネージャ」。仮想マシンの状態をツリーで操作できる。スナップショットの数が少ないうちは,切り替えの時間は数秒で済む
図3●VMware ESXiの「スナップショット・マネージャ」。仮想マシンの状態をツリーで操作できる。スナップショットの数が少ないうちは,切り替えの時間は数秒で済む
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 VMware ESXiが持つ「スナップショット」機能(図3)は,一度使うと手放せない。仮想マシンの状態を保存したものをツリー状に表示してくれる。自分がどの時点にいるのかをひと目で把握でき,使いたい状態に移動できる。一つの仮想マシンで複数の環境を扱えるので,仮想マシンの数をいたずらに増やさずに済む。

 アプリケーション・ソフトをインストールして評価するとしよう。スナップショットを使うと,「AとBをインストールした環境」ではなく,「Aをインストールした環境」と「Bをインストールした環境」を手軽に作れる。これならAとBが混在することによる問題は発生しない。クリーンな環境でテストができると言い換えてもよい。

 これによって,記者の仕事の質は明らかに向上した。これまで確かめられなかったことが確かめられるようになったからである。

 現時点で仮想マシン・ソフトを網羅的に調査したわけではないが,VMware ESXiは記者に仮想マシン・ソフトの理想像を見せてくれた製品である。このソフトが,料金を支払わずに使えるのはすごい。64ビット時代のキラー・アプリケーションの一番手は,このような仮想マシン・ソフトであると思う。