未来を描くことはIT業界の責務

 「そんなことをIT業界には期待していない」と言われるかもしれない。しかし、期待の有無にかかわらず、未来を語り、その未来を現実のものにすることは、テクノロジを事業のコアに据えるIT業界の責務ではないだろうか。

 シャクではあるが、欧米のITベンダーに取材すれば、「自らが生み出した仕組みによって、医療や金融など社会の仕組みを良くできる。そうした変革点に立ち会えることは、この上ない喜びだ」といった趣旨の発言をするトップや技術者が少なくない。日本企業のトップから、そうした発言を聞く機会は残念ながら珍しくなってきた。

 日本と欧米の差異について、記者が担当する「EnterprisePlatform」サイトにある仮想研究所の一つ「西野・グローバルIT研究所」の西野嘉之所長(=メディネットグローバル代表取締役)は、「テクノロジとの対峙姿勢が異なるため」と指摘する。このことが「日本と海外の、社会システムや企業システムの格差になって現れている」(同)。

 日本の社会では、金融や鉄道・自動車など、ITを使った仕組みが浸透している。しかし皮肉にも、ITなどテクノロジへの期待・信頼はそれほど高くないようにみえる。事実、IT自体が社会を変えることはない。我々が期待する姿が、ITを通して現実のものになったとき、ITをテコに産業や社会は構造を変えるのだ。

テクノロジで社会をデザインする

 ITは、ハードやソフト、ネットワーク,サービスなど、その提供形態にかかわらず、いずれも論理的な仕組み、すなわち“知恵”である。IT技術者が、建築家やアーティストのように、社会との関わりを考え、それを表現しなければ、ITそのものも進化しない。安藤忠雄氏のような建築家のインタビューなどを見ると、奇抜に映ることもある設計物の裏側に、彼らから見た社会の課題とそれに対する解答が組み込まれていることが分かる。

 IT技術者も建築家などのように、テクノロジという道具をもって、社会のあり方について語り、未来をデザインするべきだ。そして、IT企業の経営者は、そうした志を持つIT技術者を、個別企業の一案件に張り付かせるだけでなく、彼らが描く未来像を社会に対して発信できる“舞台”を用意すべきである。

 テクノロジは、使い方によっては時に社会生活を不便にすることもある。だが、基本的には社会インフラを支え、我々の限界を補ってくれる。こうしたテクノロジが持つ魅力や、その裏側になる開発者の想いを伝えるために、「EnterprisePlatform」サイトでは、「テクノロジ玉手箱」というコラムも開設している。「テクノロジは好きではない」という方はぜひ、IT技術者の想いや、彼らが描く未来像に触れてほしい。