2008年11月19日から,千葉市の幕張メッセで国際放送機器展「Inter BEE 2008」が開催された。この基調講演で,英BBCで技術計画を管理するAndy Davy氏がVOD(ビデオ・オン・デマンド)サービス「iPlayer」への取り組み事例を報告した。

 NHKがこの12月からVODサービス「NHKオンデマンド」を開始することをご存じの方も多いだろう。iPlayerサービスはNHKオンデマンドとは異なる要素が多いものの,約11カ月先行しているだけに,直面している課題の中にはVODサービス全般に共通するものが多く含まれている。この点で,Davy氏の報告は示唆に富んだ内容だった。

サービスの目的が異なるiPlayerとNOD

 iPlayerはBBCで放送したほとんどの番組を放送後1週間オンデマンド配信するサービスである。2007年12月24日にサービスを開始した。受信許可料を財源とした無料サービスで,英国内向けに配信されている。

 一方,NHKオンデマンドは受信料を財源としない有料サービスで,日本国内向けに2008年12月1日からNTTぷららのIPTVサービス「ひかりTV」や,アクトビラのVODサービス「アクトビラ」など複数のプラットフォームを通じて配信する。

 iPlayerは番組への接触率を高めることを目的にしていることから,テレビ以外の機器への対応を積極的に行ってきた。パソコン向けの動画配信サービスとして始まり,続いてゲーム機,携帯電話機,IPTVサービス向けSTB(セットトップ・ボックス)と,積極的に対応機器を増やしている。

 これに対してNHKオンデマンドは,国民の財産としての放送済み番組を還元することを目的としている。そのため「見逃し番組」サービスに加え,iPlayerにはない過去の人気番組を長期間配信する「特選ライブラリー」を提供する。HDTV配信など主にテレビで見られることを前提にしており,12月のサービス開始時は携帯電話機向けには配信しない。

先行するiPlayerが直面する課題

 Davy氏は講演で,これまで約11カ月iPlayerサービスを運営した経験から見えてきたVODサービスの課題について触れた。インターネットの番組配信は放送と異なり,視聴者数が増えると配信コストが増加する。この問題を解決するためにiPlayerではP2P(ピア・ツー・ピア)技術を採用し,一定の効果が得られた。

 しかしP2P技術は通信プロバイダへの負担が大きいという問題がある。このため,今後はCDN(Contents Delivery Network)サービスなどを使い,サービス提供する方法に切り替えるという。

 コンテンツの保護については二つの課題がある。一つは権利処理上英国内の利用に限定しているiPlayerを,海外から利用しようとするユーザーが後を絶たない点だ。BBCはこうしたユーザーを一方的に閉め出すのではなく,有料チャンネルを運営する関連会社のBBC World Wideと協力し,海外向けにiPlayerサービスを提供する取り組みを開始したという。

 もう一つの課題は,サービス対象をパソコンやゲーム機,家電製品と広げたときに,すべての機器の権利保護を一元管理できるDRM(デジタル著作権保護)技術がない点だ。この点についてBBCは,民間のパートナーに技術開発を促しつつ,中立的な立場からできるだけオープンな技術を採用する方針である。

 Davy氏は,対応機器が増えるにつれ,各機器向けに配信データを作り分ける作業が大きな負担になっていることも課題として挙げた。「いずれ業界標準的な仕組みが必要になる」(同)とし,パートナー企業と協力しながら問題解決に取り組む方針を示した。

利用者の自由度が高く魅力的なiPlayer

 iPlayerは「視聴者への番組の接触率を増やす」という非常にはっきりした目的を軸に,プラットフォームが設計されている。そのため一般利用者にとって,場所や時間を選ばず番組を楽しめる便利なプラットフォームが実現できており,サービス開始以来2億本の番組視聴があったという人気ぶりにも納得できる。

 BBC World Wideと作業中の国際展開が本格化し,日本人にも楽しめるコンテンツが提供されるようになれば,iPlayerはNHKオンデマンドに対抗できるサービスとして台頭する可能性もあると感じた。

 なお日経ニューメディアは2008年12月15日に,「NHKの次世代戦略」をテーマにしたセミナーを緊急開催する。NHKオンデマンドなどNHKが計画する放送・通信連携サービス最新動向のほか,「メディア融合時代に向けてNHKがどのように動こうとしているのか」が分かるようになっている。興味のある方はぜひご参加いただきたい。