保護期間延長問題で議論がかみ合わなかった理由
リスペクトは法律では扱えない「議論はなぜ,かみ合わなかったのか」---津田氏の問いに対して,元・文化庁の甲野氏は「賛成派,慎重派のお互いが原理主義的になり,譲ろうとしなかったこと」と答えた。「自分の意見が正しいと思っていても相手に意見に耳を傾け,相手のことも少しは考えようという姿勢があったら,まとまったのではないか」(甲野氏)。法案改正の取りまとめ役だった甲野氏としては,賛成派・慎重派の歩み寄りが思うようにできなかったことに,色々思うところがあるのだろう。 この甲野氏の意見に対して,think C世話人で延長慎重派の福井氏は「妥結する姿勢が欠けていたというのは一般論としては分かるが,この問題については違和感がある」と反論した。「(甲野さんから)慎重派は70年の阻止自体が目的になっていたのではというご推察があったが,それほどヒマではない。法律の実務家として,この延長は誰のためにもならない,利用者はもちろん創作者のためにもならないと考えたからこそ,何の得にもならないのに,このフォーラムを2年間運営してきた」(福井氏)。 中山氏は,議論がかみ合わなかった理由として「著作権法に対する無理解」との見方を示した。「無理解だったがゆえに,著作権法に対する期待が大き過ぎた」(中山氏)。中山氏によると,著作権法は情報の創作をうながすインセンティブの一つに過ぎず,保護期間は著作物から独占的利潤を得られる期間を定めたものに過ぎない。そこに「保護期間の延長はカネの問題ではなく,著作者へのリスペクトの問題である」という主張が持ち込まれた結果,議論がまとまらなくなったというわけだ。 中山氏は,著作権法に対する期待が大き過ぎる例として東京・上野の横山大観記念館を挙げる。同記念館は横山大観の著作権収入で運営されており,「保護期間が延長されなければ,今後の運営に支障を来す」として関係者から期間延長の陳情があった。審議会のメンバーである中山氏が「死後50年から70年に延長したところで,20年経てば(収入が途絶えることは)同じじゃないですか」と疑問を呈したところ,「そのときは,また延長のお願いに来ます」と答えられたという。「記念館の運営は文化政策で考えるべきことであり,その解決まで著作権法に期待するのは間違っている」(中山氏)。 パネル討論の最後,会場との質疑応答の中で青空文庫世話役の富田倫生氏の発言があった。青空文庫は著作権切れの作品をインターネットで公開する電子図書館である。保護期間が死後50年から70年に延長されたら,今後20年は新しい作品を登録できなくなる上に,仮に過去にさかのぼって期間延長が適用されたら公開中の作品の半分近くが公開できなくなり,大きな打撃を受けてしまう。 富田氏は2004年ころ延長問題の話が出たとき,「モノわかりのよいオトナばかりだから,結局は延長してしまうのだろうな」と半ばあきらめの思いだったという。それでも同氏は発起人としてthink Cの設立に参加し,延長をめぐる議論に積極的にかかわってきた。保護期間が切れるメリットを一般の人たちに分かりやすく伝えるために,毎年新年になると「今年はこの人の著作権が切れて,青空文庫でお読みいただけます」という情報を公開し,延長問題の議論の材料とするように努めてきた。think Cの過去のシンポジウムでは,終了後,会場の出口で延長反対の署名をお願いする富田氏の姿が何度か見受けられた。それもこれも,富田氏が「文化的な親=過去の著作物に触れることこそが,創作へのインセンティブである」と考えたためである。 保護期間の延長問題は,現時点では「継続審議」となっている。これが慎重派の“ガス抜き”を狙ったものなのか,それとも議論の行方によっては延長が最終的に見送られることになるのか。果たして,延長賛成派と慎重派の間で,甲野氏が期待するような“落としどころ”があるのか。今後も機会を見て,取り上げていきたい。 |