プロバイダ(インターネット接続事業者)は近い将来,事業が立ち行かなくなる。事業者の統廃合やサービスの一斉値上げが起こるかもしれない…。通信業界では今,こんな不安の声がささやかれている。

 要因は主に二つある。一つはトラフィックの増加。総務省によると日本のインターネット・トラフィックの総量は約880Gビット/秒(下りの月間平均値,2008年5月時点の推計)で,過去3年間で約2倍に増えた。最近はP2P(peer to peer)アプリケーションに加え,YouTubeやニコニコ動画をはじめとした動画サービスの利用が増えており,プロバイダのバックボーンをさらに圧迫し始めた(注1)

(注1)アクトビラのようにハイビジョン品質の映画をネット経由で配信するサービスも登場した。今後は高画質化や長時間化で動画のトラフィックがますます膨らむと予想される。コンテンツのリッチ化も進んでおり,トラフィックの増加は当面続くと思われる。

 もう一つはIPv4アドレスの枯渇である。現行のIPv4アドレスは,早ければ2010年にも枯渇すると予測されている。総務省の「インターネットの円滑なIPv6移行に関する調査研究会」は「日本でIPv4アドレスを補充できなくなる時期は早ければ2011年初頭」と仮定し,IPv6への移行計画の策定と作業の実施を各プロバイダに促している。

 プロバイダはこの二つの問題,すなわち「トラフィック増加」と「IPv4アドレス枯渇」への対策に莫大なコストがかかり,押し潰されてしまう。それならば,サービスの値上げで対策コストの原資を捻出するしかないというわけだ。

足元の業績は好調だが…

 もっとも,今すぐどうこうという話ではない。プロバイダにはまだ余裕がある。FTTH市場の本格的な立ち上がりで契約数が伸びており,足元の業績は各社ともおおむね好調。トラフィックに関しても「爆発的に増えれば別だが,現状の増加ペースであれば,あと2~3年は問題ない」とするプロバイダが多い。

 問題はその先である。トラフィックの増加と並行して市場の飽和が忍び寄る。ブロードバンド・サービスの純増数は既に鈍化し始めており,数年後には頭打ちとなる可能性が高い。契約数が増えて成長しているうちはプロバイダも設備投資できるが,成長が止まればますます苦しくなる。プロバイダ各社は現在,インターネット接続サービスを定額制で提供しており,契約数が増えない限り収入は基本的に一定だからだ。契約数は伸びないのにトラフィックだけが増え,ユーザー1人当たりの設備コストがじわじわ上がっていく(注2)

(注2)一方で通信回線やネットワーク機器の高速化も進んでおり,ビット単価は下がる傾向にある。実際,プロバイダはこれまで,最新技術を導入することでトラフィックの増加に対処してきた。ただ,今後も継続して対処できる見通しは立っていない。またバックボーンの大半を大手通信事業者にアウトソースするプロバイダが増えており,最新技術の導入によるコスト低減効果をそもそも享受しにくくなっている。詳しくは,日経コミュニケーション2008年11月15日号の特集記事を参照。

 こうした状況に追い打ちをかけるのがIPv4アドレスの枯渇だ。ちょうど同じタイミングで本格的な対応を迫られることになる。一口に枯渇対策と言っても,ネットワーク機器やサーバーのIPv6対応から,IPv4アドレスの延命策(キャリア・グレードNATの導入など),サポート担当者の教育,マニュアルの改訂まで多岐に渡る。影響はサービス全体に及び,対策にかかる総コストは計り知れない。

実は値上げも容易ではない

 これらの対応にかかるコストをプロバイダ自らが負担できなければ,ユーザーに転嫁するしかない。ただ,これも一筋縄ではいかない。

 まずトラフィック増加に対しては,従量制の導入が考えられる。米国ではユーザーの月間トラフィックに上限を設け,超過分に課金する取り組みも一部のCATV事業者で始まった。この動向には国内のプロバイダも注目しており,「たくさん利用しているユーザーからたくさんもらうという点で合理性がある」(ある大手プロバイダ)と興味を示す。

 だが,こうした仕組みを導入するには「トラフィックの計測装置を全国に設置しなければならず,莫大なコストがかかる。課金システムの変更も必要になる」(別の大手プロバイダ)。仮にこれらの仕組みを導入しても,下りのトラフィックに従量制を適用するのは難しい。例えばユーザーがDoS(denial of service)攻撃を受けた場合など,本人の意思に関係なくトラフィックが発生するケースがあるためだ。上りのトラフィックを対象に従量制を適用することになると思われるが,その場合は効果が限られる。

 こうなると「従量制の導入ではなく,全ユーザーを対象とした値上げが現実的」(ある大手プロバイダ)になる。ただ,その場合も一部の高トラフィック・ユーザーを収容するための設備投資が原因となると公平性に欠け,多くのユーザーに不満が残る。

 IPv6対応に関しても,そのコストを安易に転嫁しにくい事情がある。「IPv6に移行すると,NATの利用によってユーザーの使い勝手がダウングレードする可能性がある」(ある大手プロバイダ)からだ。ユーザーはIPv6に移行する明確なメリットがなければ対価を払わないだろう。

 あと残された策には,新たな事業領域の開拓がある。別の収益源を確保することで,対策コストの原資を捻出するわけだ。安易な値上げに走らず,プロバイダには是非ともこちらで頑張ってほしい。