突然ですが,みなさんは紙の地図帳を使っていますか? 私はもう何年も使っていないことに先日気が付きました。以前は手帳型のをいつも持ち歩いていたんですけれど,ここ数年はインターネットの地図情報サイトを使っています。

 「地図情報サイトって結構使えるじゃん」と思ったのは3年前,2005年の7月に「Googleマップ」が日本でもサービスを開始したころでした。さまざまな地図情報サイトがAjaxを採用して,画面のスクロール操作ができるようになりました。マウスで地図をつかんでドラッグできるという直感的な操作方法は画期的でした。実際このころ,テレビ番組でも地図情報サイトを利用した企画をよく見かけたので,世間的にも注目が集まっていました。

 スクロール操作に対応するより前,個人的に地図情報サイトを使う機会はあまりありませんでした。理由は,操作が面倒くさかったからです。それまでの地図情報サイトでは,画面上でクリックして隣接する地域を順番に表示する方法がとられていました。自分がどこを表示したいのかがわからないときは,やたらと地図をクリックしていた記憶があります。今思うと,なんであんなに面倒な操作をさせられていたんでしょう。あと,地図画面を再読み込みしている時間もかったるかった。これは回線速度のせいかもしれないけれど。なので,「紙の地図帳主義」だったわけです。

 今年の8月,「Googleマップ ストリートビュー」(以下,ストリートビュー)が日本でサービスを開始しました。このストリートビューをきっかけに,再び地図情報サイトに注目が集まっているように感じます。多くの人が,とりあえずストリートビューで自分の家の様子を確認しています。そのあとどれだけ有効に使っているかはよくわかりませんが。あとは,批評家のような人たちがストリートビューによるプライバシー問題や私道への違法侵入などについて論じています。その内容はともかく,いろんな意味での注目が集まっていることがわかります。

「JavaScriptにそこまでやらせていいのか」

 さて,日経NETWORKの11月号の特集では「地図情報サイトのしくみ」と題して,こういった地図情報サイトで利用しているAjaxやマッシュアップのしくみについて書いています。ここでは,取材させていただいたある地図情報サイトの運営会社で聞いたエピソードを紹介します。

 その会社は,Googleマップが日本でサービスを始めた後も,なかなかJavaScriptを使ったAjaxのスクロール対応に踏み切れなかったそうです。その理由は,「JavaScriptにそこまでやらせていいのか」という議論が社内にあったからです。

 JavaScriptは,XMLHttpRequest(以下,XHR)というHTTP通信のためのAPIを持っています。AjaxのHTTP通信は,基本的にこのXHRが行います。HTTP通信を始めるための操作をユーザーが明示的に行わなくても,自動的にXHRがHTTP通信を始めるようにできています。つまり,Ajaxでの通信の主体はユーザーではなくJavaScriptなわけです。

 「ユーザーが意識しなくてもHTTP通信が始まってしまうことで,セキュリティ面での問題は本当にないのだろうか」と,この運営会社は懸念し,結局は登録した会員だけが使えるサイトだけでスクロール対応の地図が提供されることになりました。しかし,そうこうしている間にも他社がスクロール対応の地図情報サイトのサービスを始めていきます。結局,踏ん切りを付けてスクロール対応の地図を一般向けに公開したのは,Googleマップのサービス開始から数年が経ったころでした。業界内ではかなり後塵を拝することになってしまいました。

便利さと引き換えの「何か」

 最終的には,「世の中の動きについていかなきゃやっぱヤバいでしょ」という結論に至るエピソードなのですが,「JavaScriptにそこまでやらせていいのか」という議論があった点に,個人的に興味が沸きました。躊躇したり逡巡したりといったところで,サービス提供側の思想というか姿勢というかが,かいまみられる気がしたのです。

 念のために言っておくと,私は別にJavaScriptが嫌いなわけでも何でもありません。ここではたまたまJavaScriptが例になっているわけですが,なんというか「便利さと引き換えの“何か”」が問われている状況が浮かび上がってくるように思うのです。「そんな大げさな話か?」という気もしますが,ちょっと気にかかるところだと感じませんか? そして,「便利さと引き換えの“何か”」というのは,今回のストリートビューのプライバシー問題とも重なっているように感じるのです。

 3年前はAjaxでスクロール地図が提供されて話題になりました。今年はストリートビューが提供されて話題になりました。さて,3年後の地図情報サイトはどんなサービスが始まっているでしょうか。