最近,クラウド・コンピューティングについてまとまった取材をする機会があった。「ITpro Magazine」(ITproが年に2回ほど発行する紙の雑誌,詳しくはこちら)の特集の一部を書くためである。有力ベンダー7社の役員クラスの方々を訪ね,クラウド・コンピューティングにどう備えるかをお聞きした。

 取材するうち,本題とは少し違うところに興味が湧いてきた。それは,ベンダー内部で起こっている様々な変化である。取材の序盤で訪問したSAPジャパンで“SAP語”の見直しという話が出たことがきっかけだった。

 SAPはクラウド時代に向けて,自社のアプリケーション資産をサービス部品に組み替え中だ。計画に着手したのは5年前のことだが,程なく問題になったのは,サービス部品の命名則だった。既存アプリケーションの組み替えなので,既存の名称を使う手もあっただろう。だが,既存の名称はSAPの社内的な事情や開発経緯など,他人にはわからない要素を多分に反映した“方言”であって,サービス部品の機能を対外的に分かりやすく説明するものではない。そこで“SAP語”の見直しとなった。外部の視点を入れるため,複数のユーザー企業の助けを借りながら行っているという。

 SAPに限らず,世の中には難解な社内用語がたくさんある。社内にとどまっている分にはまだよいのだが,便利なので,つい外向けの説明にも使ってしまう。IT関連の商品(特にサービス)はもともと説明が難しいものなのに,そこに“方言”が使われることで状況は悪化する。SAPの場合,クラウドへの取り組みが自社の“方言”を再評価する契機になったのではないか。

クラウド部門とエンタープライズ部門が急接近

 次に訪ねたのがマイクロソフト。米Microsoftのスティーブ・バルマー社長は事あるごとに「10年後には社内で運用されるサーバーは無くなり,すべてがコンピュータ・クラウドに移行する」「ビジネス・モデルをパッケージ販売から脱却させる」といった強いメッセージを出している。対外的な意味だけでなく,同社の社員にもクラウド時代に向けて変化することを要求しているかにみえる。きっと日本法人の社内でもかなりの変化が起きているのではないか。

 マイクロソフト社内では,MSNやWindows Liveといったコンシューマ向けのオンライン・サービス部門と法人向けビジネス部門が“急接近”するという変化が起きていた。コンシューマ向けオンライン・サービスの担当部門は,巨大なデータセンターによりMSNやWindows Live hotmailなどを提供するクラウド事業者そのものである。

 以前は両社の接点はあまりなかった。だが,クラウド・コンピューティングのノウハウを持つのはコンシューマ向けのオンライン・サービス部門であり,それが今後マイクロソフトの武器になる。最近のマイクロソフト社内では,企業向け事業分野の案件でも,コンシューマ向けのオンライン・サービス部門と連携したり,意見を求めたりする場面が急増しているという。

 日本のサービス企業はどうだろうか。多くの大企業ユーザーを抱えるNTTデータを訪ねた。ユーザーに提案するのはまだ先の話としながらも,クラウド・コンピューティング関連の動向に強い興味を持って研究していた。社内では,クラウドならではの提案に興味を持つエンジニアが少なからず出てきているという。

 同社の山田伸一常務執行役員技術開発本部長CTOは「SIerはいつも,使い回すことを考えるものだ」と語ったが,その材料をクラウド上でも調達できるようになれば,これまでにない提案ができるかもしれない。NTTデータ社内では,様々なレベルでクラウドをビジネスにどう適用するかについて,活発な議論がなされている様子が伺えた。

 最後に取材したNECでは,ソリューション商材の開発プロセスに変化が起きていた。NECは2007年1月に「サービスプラットフォームソリューション事業」を立ち上げて,共通性の高い機能をサービス基盤としてまとめ,それを全社で有効活用し「作らないSI」を可能にするという方針を打ち出している。

 以降,「サービス基盤を使う」というコンセンサスが社内に生まれつつある。既存の業種向けソリューションにサービス基盤を組み合わせて,業種を超えて提案できる商材に仕立てたり,サービス基盤を前提とした新しいソリューションを企画したり,といった動きが活発になってきたという。

自分たちのローカルさ加減を認識させられる

 新しい流れに乗るためにベンダーが変わるのは当然ではある。だが,今ベンダー社内で起きていることから考えると、クラウド対策を練ることは,自分たちのローカルさ加減の認識につながると言えそうだ。「自分たちの言葉は皆に通じるのか」「自分たちの作っているものは既にあるのではないか」「自分が提案しているものよりもっとよい材料がどこかにあるのではないか」といったことを否応なく考えさせられるのだ。

 それはユーザーでも同じことだ。日本のユーザー企業は既製品アレルギーが強すぎるとよく言われてきたし,ITサービス企業の側にも,ついつい作り過ぎる傾向がいまだにある。この点において、クラウドを議論することにはベンダー、ユーザーの双方にとり意味があると感じている。