「マルチ・クラウド」という選択肢
まだまだ低い「クラウドの信頼性」クラウド・コンピューティングが,既存のコンピューティング全てを覆い尽くす−−。そういうと威勢は良いが,現実に目を向けると,難問は山積みでもある。 例えば米Amazon.comの子会社である米Amazon Web Serviceが提供する仮想マシン・サービス「Amazon EC2」を見てみよう。大企業におけるAmazon EC2の活用事例といえば,大手新聞の米New York Timesが有名だ。同社は2007年10月に,100年分の新聞記事をPDF化するのにEC2を採用。EC2上の仮想マシン100台でオープンソースの大規模分散データ処理技術の「Hadoop」を運用し,総量数Tバイトに及ぶ40万5000個のTIFF画像を24時間でPDFに変換したという。 このような華々しい実績のあるAmazon EC2だが,EC2を実際に利用する開発者の不満は少なくない。例えば,Amazon EC2が用意している管理ツールは当初,文字しか表示されないコンソール画面だけであった。OSやミドルウエア,アプリケーションのインストールは,すべてこのコンソール画面から始めなくてはならない※。 ※Amazon Web Servicesでは2008年5月に,Webブラウザ「Firefox」のエクステンション(プラグイン)として機能するGUIツール「ElasticFox」の提供を開始している。 信頼性の面でも問題がある。Amazon EC2で利用できるのは,オープンソースのハイパーバイザー型仮想マシン・ソフトウエア「Xen」の仮想マシン。そのXenが動作するサーバー・ハードウエアや,Xenそのものに障害が発生して,Xen仮想マシン・インスタンスが消滅した場合,EC2では仮想マシンのディスク内容が全て失われてしまう。OSやアプリケーションなどのプログラム・ファイルだけでなく,ユーザー・データも消失するのだ。
立ち上がったある大学講師カリフォルニア大学サンタバーバラ校(University of California, Santa Barbara)で,客員講師としてコンピュータ科学を教えていたThorsten von Eicken氏も,Amazon EC2の様々な制約に頭を抱えた一人だった。 Eicken氏は2006年,当時始まったばかりのAmazon EC2を,プログラミングの講義の演習に使おうと考えていた。Eicken氏が学生に教えたいのはプログラミングであって,コンピュータの管理手法ではない。ハードウエアを用意せずにアプリケーションを試せるEC2は,学生がプログラミングを学ぶ上で,絶好のプラットフォームに映ったのだ。 しかし,Amazon EC2の備えるテキスト・ベースの管理機能は,学生に使わせるのに相応しいとは言い難かった。そこでEicken氏は学生のために,EC2の仮想マシンを簡単に用意して,OSやアプリケーションを展開できるWebベースの管理ツールを開発し,彼らに使わせることにしたのだ。 実はEicken氏の本職は,米Citrix Systemsの一部門で,Santa Barbaraに拠点を置く「Citrix Online」のCTO(最高技術責任者)。Citrix Onlineはそもそもの社名をExpertcityといい,同社を創業したのがEicken氏だった。Expertcityを創業する以前のEicken氏は,コーネル大学(Cornell University)の教授を務めており,Amazon.comのCTOであるWerner Vogels氏とは同大学の同僚だった。卓抜した経験と,Amazon.comとの深いコネクションを持つEicken氏が開発した「Amazon EC2用のWeb管理ツール」が,カリフォルニア大学サンタバーバラ校の学生にとどまらない人気を博したのも,無理からぬ話である。 学生向けにEC2用管理ツールを開発し,ツールのソースコードはオープンソースとして開示したEicken氏だったが,あまりの反響に氏は,これが「ビジネス」になると確信する。そこで,Citrix Onlineから独立して,「Amazon EC2向けの管理サービスを提供するベンダー」として起業したのが米RightScaleだった。
EC2でMySQLの安定運用も可能にRightScaleは現在,EC2の仮想マシンを管理するWebアプリケーションだけでなく,Webアプリケーションの負荷に応じて,EC2でレンタルする仮想マシンの台数を増やしていくという「スケーリング」に相当するサービスや,EC2の仮想マシンをクラスタリングして,その上でオープンソースのRDB「MySQL」を運用するサービスなどを提供する。 先に述べたように,EC2の仮想マシンは,トラブルが発生すると内容が全て消えるため,RDBの運用には不向きである。しかしRightScaleでは,Amazonが2008年8月に正式に開始した新サービス「Amazon EBS (Elastic Block Store)」を使って,RDBの安定運用を実現した(関連記事:AmazonがEC2に「ブロック・ストレージ」を追加,RAID構成やスナップショットが可能)。 Amazon EBSは,EC2用の「外付けディスク」を提供するサービスだ。EC2の仮想マシンにトラブルが発生しても,EBSの「外付けディスク」に記録された内容は消えないほか,任意のファイル・システムが選択できるので,RDBの運用に向いている。また,EC2上の複数の仮想マシンから,共通のEBSのディスク・ボリュームをマウントするようにすれば,サーバー・アプリケーションのクラスタリングも可能になる。 RightScaleのサービスを使用すれば,ユーザーはEC2の設定やクラスタリングの設定,ディスク・ボリュームの設定などを行わなくても済むようになる。さらに同社では,Amazon EBSのデータをAmazonが提供するオンライン・ストレージ・サービスである「Amazon S3」へ定期的にバックアップするサービスまで提供している。
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