「天下の大勢,合一して久しくなれば必ず分かれ,分かれて久しくなれば必ず合一する」---14世紀の作家である羅貫中は「三国志演義」の中で,「集中と分散の繰り返し」が歴史の理(ことわり)と指摘した。IT業界でも今,新しい集中の動きが起きている。ご存じの通り,クラウド・コンピューティングである。

 米国では,クラウド・コンピューティングを「コンピューティングの集中化の動き」と捉える見方が主流的である。代表的な論客が,2003年に「IT doesn't Matter」という論文を発表して話題になった評論家のNicholas Carr氏である。

 Carr氏は2008年1月に出版した「The Big Switch: Rewiring the World, From Edison to Google」という著書で,「コンピュータは発電機と同じ。発電機がそうであったように,コンピュータもGoogleのような大規模事業者のデータセンターに集約され,ユーザーはユーティリティとしてコンピュータを利用するだけになる」と主張。現在はユーザー企業が運用するコンピュータが,電力会社のようにユーティリティとしてコンピューティングを提供する企業のデータセンターに集中するという将来像を示した。

 Carr氏の「The Big Switch」は10月10日に翔泳社より,「クラウド化する世界」という邦題で日本語版が出版される予定だ。興味のある方は是非ともご一読頂きたい。

 クラウド・コンピューティングは,60年以上前に発せられた「失言」の見直しも迫っている。米IBMの創業者であるThomas Watson氏が,1940年代に述べたとされる「世界にコンピュータは5台しかいらない」という発言である。クラウド・コンピューティングの進展によって,世界中のコンピュータは,米Googleや米Amazon.com,米Microsoftといった「5社しか残らない」と目される事業者のデータセンターに集約されるという意味合いで,この言葉が注目を集めている。

「分散」が生み出したクラウドという「集中」

 もっとも,クラウド・コンピューティングが「集中」という観点で語られるのは,歴史的な皮肉でもある。

 そもそも,クラウド・コンピューティングを技術的に支えているのは,Googleの「GFS(Google File System)」や「MapReduce」,Amazonの「Dynamo」といった「大規模“分散”データ処理技術」である(関連記事:そのソフト,売る?売らない?)。これら大規模分散データ処理技術が2000年代後半に花開いたのは,同技術が1990年代後半以降,「グリッド・コンピューティング」という名称で開発が続けられてきたからだ。そしてグリッド・コンピューティングは当時,「コンピューティング資源の分散」を志向して開発されていたのである。

 例えば,日経エレクトロニクス2002年7月29日号の記事「『グリッド』の真実」では,グリッド・コンピューティングを強く意識したプロセッサ「CELL」が誕生した理由を,このように説明している。

 SCE代表取締役社長兼CEOの久多良木健氏はCELLの開発を決断した理由の1つを「現在のアーキテクチャでは,端末の増加にサーバ側が十分対応することが難しいため」と説明する。個々の家庭用端末にサーバ機並みの性能を発揮するCELLを搭載し,これをグリッド・コンピューティング環境の演算資源として利用する。こうすることで,オンライン・ゲームに多数のユーザーが参加した場合にサーバ機にかかる負担を軽減することを目指しているもようだ。

 2002年当時は,大規模オンライン・ゲームの処理を一手にまかなうサーバーすら,構築が難しいと目されていたのだ。

 例えば,2002年にスタートしたオンライン・ロール・プレイング・ゲーム「ファイナルファンタジーXI」では,サーバー・ハードウエアに米Sun Microsystems製のUNIXサーバー,ストレージ・ハードウエアには米NetAppのハイエンド・モデルを使用していた。

 大規模システムは,高価なエンタープライズ(企業向け)製品を採用しなければ構築不可能だったのである。だからこそ,「クライアントにも処理を分散させて,大規模コンピューティングを実現する」というグリッド・コンピューティングに注目が集まっていた。

 しかし,2002年から6年が経過した現在,我々は全く逆の現実を目にしている。グリッド・コンピューティング技術は結局,P2P(ピア・ツー・ピア)のファイル共有システムを除けば,ユーザーが使用するクライアント・パソコンに全く浸透しなかった。

 つまりグリッド・コンピューティング技術は,世界中に散在するクライアント・パソコンに処理を分散させる方向ではなく,GoogleやAmazonのデータセンターに積み上げられたパソコン(PCサーバー)に処理を分散させる方向に進化を遂げたのだ。その結果,GoogleやAmazonは,パソコンというコンシューマ(消費者向け)由来の安価な技術を使って,大規模システムが実現できるようになり,2002年当時は不可能と目されていた「どんな処理でもまかなえる超巨大サーバー」が,彼らのデータセンターに生み出された。これが,われわれが目にしている「クラウド・コンピューティング」という現実の正体である。