昨年から大ブームになっているキーワードとして「クラウド・コンピューティング」がある。クラウド・コンピューティングとは,自分が実行したい作業をインターネットの先にあるサーバーに処理してもらうようなシステム形態を指す言葉である。ユーザーは,作業が実際にどこでどのように処理されているのかをまったく意識する必要はない。

 ユーザーがWebブラウザなどを操作すると,そこで指示した内容がインターネットのどこかで処理されて結果だけが戻ってくる。つまり,ユーザーから見ると,あたかもインターネットが自分の要求した内容の処理をしているかのように見えるのだ。インターネットを図などで表すときに,中が見えない“雲”のイメージで表現することがよくある。パケットがどのような経路を通っているかを意識したり制御したりすることが難しいためだ。この雲(cloud)に処理してもらっているように見えるため,クラウド・コンピューティングと呼ばれる。

 クラウド・コンピューティングという言葉を最初に使ったのは,GoogleのCEO(最高経営責任者)であるエリック・シュミット氏と言われている。確かに,クラウド・コンピューティングを実現している会社として,多くの人が真っ先に頭に浮かべるのはGoogleだろう。GmailやGoogle Maps,Google Apps,Googleカレンダーなど,Googleを代表するほとんどのサービスは,Webブラウザからインターネット上にあるGoogleのサーバーを利用するいわゆるクラウド・コンピューティングだ。

 そのGoogleが,先週にまた旋風を巻き起こした。米国時間の9月2日にベータ版を公開したWebブラウザの「Google Chrome」である。このニュースが発表されてからは,このGoogle Chromeに関する報道がIT系のニュースサイトやブログに次々と登場した。それらの記事では「動作が高速」「革新的なWebブラウザ」など,Google Chromeの機能や性能を評価するいろいろな内容が取り上げられ,人気を集めている。そんな中で,筆者が今回のGoogle Chromeで気になるのはWebブラウザとしての機能や性能よりも,むしろ「これでGoogleの開発力が分かるかも」といった点だった。

現時点ではGoogle Chromeの完成度に不満

 Googleの主要なサービスは,いわゆるクラウド・コンピューティングとして,インターネットの雲の先で動いている。そのためユーザーとしては,雲の向こうから提供されるサービスをWebブラウザから利用するだけで,果たしてそれらのサービスがどのように実現されているのかを具体的にイメージすることが難しかった。詳しいことを知りたいと思っても,Googleでは具体的なシステムに関する取材はほとんど受けてくれず,なかなか知ることができなかった。

 その一方で,この1~2年,世の中ではGoogleを絶賛する声が相次いで登場している。梅田望夫氏の「ウェブ進化論」を筆頭に,「ザ・サーチ グーグルが世界を変えた」,「Google革命の衝撃」,「Googleを支える技術」など,Googleを称賛する書籍が次々と発行された。次の時代を担う先駆者としてGoogleをとらえる空気が醸し出されてきた。

 そのような空気の中では,ひねくれものの筆者としては「果たしてGoogleの実態は,そうした評判にどこまで追いついているのだろう」と疑問を持っていた。もちろん,筆者もWeb検索やGmailなど,Googleのサービスは日頃から便利に利用している。だが,そのサービスを実現するしくみが見えないことから,利用しながらも「突然使えなくなったらどうしよう」「データがなくなったらどうしよう」という不安を感じていた。

 幸いなことに,まだ実際にメールなどのデータがなくなった経験はない(と思う)が,Gmailにログインできなくなることは何度か経験したことがある。つい1カ月ほど前にも,Gmailにログインできない障害が短期間のうちに3回立て続けに発生したというニュースが報道された。今や基幹システムといえるメールが,突然長期間使うことができなくなり,いつ復旧するのかというアナウンスもない。これでは業務に使うことはできないだろう。これはGmailの例だが,ほかのGoogleのサービスについても,業務で本格的に使うことを前提に考えると,技術的な裏付けがどこまであるのか知りたいところだ。

 そんなところにWebブラウザという,まさに自分の手元でいろいろと試せる形で登場してきたのがGoogle Chromeである。Google Chromeを使ってみることでGoogleの開発力についての実態が感じられれば,クラウド・コンピューティングで提供されるサービスについても品質を推し量ることができるかもしれないと期待している。もちろん,Webブラウザとクラウド・コンピューティングのサービスとは違うものである。だが,ユーザーから寄せられた要望へ対応する状況や,バージョンアップ時の完成度の変化を見ていくことで,Googleという会社がリリースする製品にどういう姿勢で臨んでいて,それがどこまで実現できる状況なのかが推測できると考えている。

 RSSリーダーや写真管理,3Dモデリングなど,手元にあるパソコンにインストールするソフトは,これまでもいくつかGoogleから公開されてきた。だが,Webブラウザとなると,それらのソフトとは使うシチュエーションやデータ,ユーザーの多様性がまったく異なる。世界中のユーザーが,いろいろな方言のあるHTMLやFlash,PDF,動画や音声など,実に様々な種類のデータを扱っているいろんなサイトを利用する。こうした多種多様な使い方の結果として寄せられる意見や不具合の報告についてGoogleはどのように対応し,ほかの数あるWebブラウザと比べて魅力ある製品に挙げてくるのだろうか。それにより,これまではインターネットという雲に隠れた形でしか見えなかったGoogleの実態が,Google Chromeにより見えてくるのではと筆者は期待している。

 なお,公開されてまだ数日という段階でGoogle Chromeを使ってみた感想は,「完成度に不満」だ。Gmailを表示しているのに「しばらくお待ちください…」と表示されたまま固まってしまったり,ワンセグでテレビを見ているとウインドウが操作できなくなったりするなど,いくつかの不具合に遭遇している。Webページについても,うまく再現できないところがある。その一方で,表示や処理速度は,ニュースなどで言われるような速さは残念ながら実感できず,ほかのWebブラウザと違いを感じない。果たして次のリリースで,これらがどのように変わるのか。楽しみにしている。