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英単語は一切使うな

2008/07/24
谷島 宣之=編集委員

 文明の利器を一定期間一切使わない、という試みがある。古くは「電気を一日使わない」、最近は「計算機を一日使わない」といった催しがあったはずだ。それにならって、「英語、特に英略語を一切使わない日」を提唱したい。

 と言っておいて何であるが、筆者は「電気や計算機を一日使わない」といった類の催しをあまり好きになれない。こうした催しの狙いは、文明の利器の有り難さを実感するとともに、それを使うことによって失った何ものかを思い起こす、というところだろう。それは悪いことではないが、年に一回程度の催しの時だけ考えても仕方がない。難しい話だが、文明の利器を使う時、常に長所と短所を頭の片隅に置いておくことが大事と思う。

 したがって「英語、特に英略語を一切使わない日」というのは冗談なのだが、英語や英略語を「使う時、常に長所と短所を頭の片隅に置いておくこと」は極めて大事と思う。英語や英略語の長所は、ある物事をすぱっとまとめて表現できる(できたような気になる)ことである。短所は、その物事の本質が腹に落ちないまま、抽象的英語に寄りかかって、曖昧な気分のまま仕事をしてしまいかねないことである。

 評論家・劇作家の福田恆存氏は昭和四十三年に発表した『知識人とは何か』という一文の冒頭に次のように書いた。

 今日、最も大切な事は、自分達が使つてゐる言葉の徹底的な吟味であります。殊にその言葉が解り切ったものとして平生何心無く使はれてゐる場合、それを自分がどういふ意味で使つてゐるかを改めて意識してみる必要がありませう。何故なら明治以来、私達が使つて来た言葉の大部分は翻訳語であり、本国の西洋において持つてゐた原意からは勿論、それに充当した漢語の原意からも遠く隔つてしまつてをり、誤解に基づた全く薄手な意味しか持つてゐないからです(原文は正字表記)

 続いて、福田氏は「誤解に基づた全く薄手な意味しか持つてゐない」、「実体のない贋札」のような言葉として、「権力、支配、平和、自由、進歩、知識階級」などを挙げている。福田氏が存命で、情報技術の世界を覗く機会があったとしたら、日本円ではなく海外通貨をそのまま印刷した贋札が飛び交う様子にさぞや呆れることだろう。

 勿論、情報技術の世界に出てくる考え方や技術、用語のほぼすべてを日本は輸入しており、我々は英語を使わざるを得ない。英語を廃止したら、この記者の眼を掲載している電子媒体も改名しなければならない。といってこれだけ浸透してしまった情報技術英語を無理に日本語にしてみても、贋札を別の贋札に交換するようなもので混乱がひどくなるばかりである。とはいえ、やはり今の英語と英単語の濫用は行き過ぎと思う。「英語、特に英略語を一切使わない日」という冗談を思いついた所以である。

 福田氏は昭和四十四年に発表した『教育の普及は浮薄の普及なり』という論文で、言葉との付き合い方について次のように述べている。

 言葉はすべて流行語なのであつて、その羂(わな)に陥ると、人は身動き出来なくなる。言葉が障壁になつて、直かに現実に触れられなくなるからだ。現実に触れる為には、一度言葉を捨て、素手を以て事に当るほかは無い。その邪魔になるといふ点では、学術用語も流行語と同じである。学者は勿論、学生の先づ心懸けねばならぬ事は、高等下等の別を問はず、流行語を排して、出来るだけ自分が家庭で使つて来た日常語を以て物を考え喋る事である

 流行語がひときわ多い情報技術の世界で仕事をしている方々は、時には「自分が家庭で使つて来た日常語を以て物を考え喋る」努力をしてみるとよいと思う。いや、この提言はむしろ、情報技術関連の記事を書いている記者に向けるべきであろう。

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