東京・渋谷区の「ソフトバンク表参道」には約1500人の来店者が行列を作った(関連記事)。ビックカメラ有楽町店(関連記事)やヨドバシカメラマルチメディアAkiba(関連記事)でもタレントが登場するイベントが開かれた。各地のソフトバンクショップでも品切れ続出。店員と来店者とのやり取りで騒然となった店もある(関連記事)。全国で大きな話題となった2008年7月11日のiPhone 3G発売は,国内の携帯電話の歴史に深く刻まれることになるだろう。

 これだけ多くのユーザーを引き付けるiPhoneの魅力はどこにあるのか。外観のデザイン性やタッチパッドの操作性も優れているが,最も注目するべきは米アップルがiPhone 3G発売と同時に開設したアプリケーション・ダウンロード・サービス「App Store」(関連記事)だろう。ユーザーは好みのアプリケーションをダウンロードして,自由に機能を追加できる。このアプリケーションの数が半端ではない。米アップルによると,7月14日の時点でタイトル数は800以上。ダウンロード数は1000万を超えた(関連記事)。

 iPhone 3Gの発売開始と同時にこれだけ数多くのアプリケーションが一挙に登場してきた理由は,米アップルが開発環境を提供する(関連記事)だけでなく,ソフトウエア・ベンダーの開発意欲を促す“仕掛け”を提示しているからだ。

 iPhoneの発売前日に開催された業界団体の会合で,サン電子 デジタルコンテンツ事業部の水野政司 グローバル・マーケティング グループリーダーは,iPhoneの登場で変化するコンテンツ事業の可能性について講演した。同社は,iPhone用のパズルゲーム「上海」を制作し,既にApp Storeで販売を始めている。

 サン電子では,国内でゲームなどの携帯電話用コンテンツを作成してきた。だが,国内では利用ユーザーが飽和状態にあり,事業の伸び率は停滞しつつある。一定の売り上げはあるものの「未来に向かって収益を伸ばしていこうと考えると心細い」(水野氏)という状態なのだ。

 売り上げ規模を増やす解決策の一つが,海外に向けたコンテンツ配信だ。ところが,海外の携帯電話事業者と組むには困難が伴う。さまざまな国に数々の事業者が存在し,それぞれ複数の端末を持っている。それぞれの端末にアプリを対応させる作業だけで莫大な労力がかかる。しかも,国によっては,売り上げの中から50%が携帯電話の事業者に徴収される。これでは割に合わない。

 こうした海外展開に向けた障壁を解消できるプラットフォームがiPhoneなのだ。まず,iPhoneの仕様は統一されており,端末ごとにアプリを対応させる手間は必要ない。しかも,アップル1社と契約を結べば,世界中にコンテンツを配信できる。「これはひょっとして流通革命といっていい」と水野氏は絶賛する。アップルは売り上げの30%を徴収するが,複数の事業者と交渉せずに済み,複数の端末に対応させる必要がないというメリットが得られるため,「流通の面を考えると安い」(水野氏)という。アップルは2008年末までに1000万台を売るという方針を掲げている(関連記事)。アップルが順調に販売を伸ばせば,アプリの販売対象となる母数も大きくなる。

 従来の携帯電話向けアプリといえばゲームが多かったが,iPhoneでは,大きな画面とタッチパネルによる操作性を活かした実用的なソフトも登場しそうだ。例えば,国内ベンチャーのユビキタスエンターテインメントが開発した「ZeptoPad」は,画面を自在に拡大縮小しながら,手軽に仕事のアイデアをまとめた構想図などが描ける。描いたメモを相手と共有するには,自分のiPhoneと相手のiPhoneを重ねた状態で上下に振る。すると,加速度センサーが同じ振動を検知して,描いた図のデータを相手のiPhoneに無線LAN経由でコピーしてくれる。

 iPhoneの機能を十分に発揮する魅力的なアプリケーションがどれだけ登場するかは,現段階で未知数だ。国内での販売台数は既存の携帯電話よりも少ないし,App Store上ではアプリの売り切りしかできず,月額料金を設定できないという問題もある。それでも,世界中のソフトウエア開発者は,iPhoneの登場を大きなチャンスと見なし,対応アプリの開発に取り組んでいる。

 アップルは携帯音楽プレーヤーのiPodではネット上で音楽を配信するiTunes Music Storeを展開し,ハードとサービスの両輪で大きな市場を作り上げた。iPhoneではApp Storeがサービスの新たな中核となる。ソフトウエア・ベンダーに開発を促し,App Storeで良質なアプリをユーザーへ届けるというアップルの狙いが軌道に乗れば,iPhoneは一時のブームでは終わらず,従来の携帯電話以上に生活に密着した情報機器として定着するだろう。