この2008年6月,60代のプロフェッショナル4人にお目にかかる機会があった。コンピュータ・アーキテクト,ユーザー企業副社長,コンサルティング会社創業者,大学院学長,と肩書きは様々だが,4人とも若い頃からIT(情報技術)と関わりを持っておられる。4人の話を伺っていて全員が同じ姿勢であることに気付いた。

6月6日,フランク・ソルティス氏に会う

 「今年はいくつもお祝い事があります。AS/400が生誕20周年,その前身のシステム/38(S/38)が30周年。さらに私は勤続40年になります」。IBM iシリーズのチーフ・サイエンティスト,フランク・ソルティス氏はこう言って笑った。

 ソルティス氏はIBMに入社後,「ハードウエアに依存しないビジネスコンピュータ」という革新的なコンセプトとアーキテクチャを考え,1970年に社内向け提案書をまとめ上げた。提案書提出から8年後の1978年,ソルティス氏の設計に基づくコンピュータS/38が発表された。S/38はAS/400,iSeries,Systemi,Power Systemsと名称こそ,ころころ変わったものの30年間生き続けている。日経コンピュータが毎年実施している顧客満足度調査で,このマシンは常に第1位である。

 ハードウエアに依存しないビジネスコンピュータとは,プロセサが換わっても顧客のアプリケーション・ソフトを手直し無し,リコンパイル無しで使い続けられることを意味する。「技術革新があるたびに取り入れ,しかも顧客のアプリケーションの連続性を保証してきた。今後もそれは変わらない。同じことを実現した例はない」(ソルティス氏)。

 なぜこうしたコンセプトのマシンを設計したのか。「顧客にビジネスとそれを支えるアプリケーションに専念してもらうため」(ソルティス氏)。面倒な移行作業が不要になり,顧客は業務改革やアプリケーションの企画や開発に注力できるというわけだ。それが高い満足度につながっている。もっとも,これだけの互換性を維持しているにも関わらず,製品名を無節操に変える点については呆れてしまう。同じ製品名にもかかわらずバージョンが上がるたびにアプリケーションを入れ替えないといけない他社製品とは大違いである。

6月13日,有賀貞一氏に会う

 「コンピュータと付き合って40年,初めて利用側に回ってみると,眼から鱗が落ちるようなことばかり」。CSKホールティングス代表取締役からミスミグループ本社の代表取締役副社長に転じる有賀貞一氏に会った時,ITベンダーからユーザー企業に移る衝撃を同氏はこう表現した(実際の人事は6月20日付)。

 大学時代からコンピュータ同好会に参加,卒業後は野村コンピュータシステム(現・野村総合研究所)に入り,CSKに転じて以降もシステム開発ビジネスを手がけてきた有賀氏にとって,システムを使う側に身を置くのは初めて。就任前からミスミに顔を出し,色々と話をする中で,有賀氏は「自分がいかにシステムを中心にものを考えてきたか痛感した」そうだ。

 一例を挙げると,ついつい難しいことを考えてしまう。「ミッションクリティカルな仕事をずっとやってきたから,ミスミで話を聞いていると,『そのシステムだったら,こういうアーキテクチャにして性能を出そう』と一瞬考えてしまう。ところが現場に入ってみると,そこまで性能を要求するアプリケーションはそれほどは無い。安いサーバーを並べ,壊れたら取り替える,といったやり方で済んでしまう業務も結構ある」(有賀氏)。

 「長年取り組んできたシステムは一言で表現すれば事務システムだった」とも有賀氏は言う。ところが,事務処理はパッケージか外部のサービスで十分こなせるようになってしまった。「ミスミの中の議論を聞いていると,事務ではなく,本業そのものにITをどう使うか,という段階。ミスミが使っているカタログの電子化,部品管理へのICタグ利用,といった話がごく普通に出る」。

6月18日,倉重英樹氏に会う

 「うちには技術はある。ただ,なかなかそれをビジネスにできない。ビジネスモデルづくり,必要なら企業買収も,もちろん情報システムの整備まで,すべてを頼んでもいい」。シグマクシスの倉重英樹CEO(最高経営責任者)は,ある企業の経営トップからこうした相談を受けたという。

 シグマクシスは三菱商事と投資会社のRHJインターナショナルの共同出資によって5月9日に設立された“コンサルティング会社”である。ただ,倉重CEOの説明を聞く限り,コンサルティング会社とは呼びにくい。三菱商事が持つ各種ビジネスノウハウと実際のビジネス機能に様々なITを組み合わせたビジネス・プロジェクトを顧客に提案,その実施を請け負う。しかも成功報酬型の提案を指向する(関連記事『「報酬は成功時に下さい」,三菱商事の新コンサルティング会社が始動』)。冒頭で紹介した経営トップが求めるプロジェクトは,まさにシグマクシスが狙うタイプの案件だ。

 リアルビジネス,しかも要請があればその運営にまで踏み込むとなるとコンサルティング会社ではない。情報システムだけを扱うわけではないから,システム・インテグレータでもITベンダーでもない。倉重CEOは「ビジネスとテクノロジーのアグリゲーター」と自称するが,残念ながらこの言い方はなじみがない。

 倉重氏は日本IBM出身であり,ITビジネスの人である。にもかかわらず,ここまでビジネス指向を打ち出した理由は二つある。一つは「経営者や事業部長はITの提案ではなく,ビジネスの提案を求めている」(倉重CEO)こと。「経営とITという言い方はおかしい。経営やビジネスとITは不可分であり,ことさら言う必要もない」。

 もう一つは,IT産業の付加価値を高めること。ビジネス提案にまで踏み込めば成功報酬型の高付加価値路線を目指せる。単にハードを販売したり,ソフト開発を請け負うだけでは付加価値を高めることは難しい。