IBMビジネスコンサルティングサービス(IBCS)は2008年6月19日,IBMが世界の主要企業1130社のCEO(最高経営責任者)を対象に実施したインタビュー調査「IBM Global CEO Study 2008」の結果概要を発表した。この調査は,2004年から隔年で実施されてきたもので,今回が3回目となる。「CEOに直接インタビューする調査としては世界最大のもの」(IBMビジネスコンサルティングサービス戦略コンサルティンググループの金巻龍一パートナー常務取締役)であり,CEOの抱える課題や関心の理解・分析を目的とする。日本からも,121社のCEOがインタビューに答えているという。

 今回のテーマは「イノベーションを継続する未来企業のあるべき姿」。新興国市場の拡大,ネットワークを通じて情報発信する消費者,企業の社会的責任(CSR)を求める声の高まりなど,企業を取り巻く環境は,日々刻々と変化している。これらの変化を脅威ではなくチャンスととらえて,事業のイノベーションを継続していく仕組みをどうやって作り上げていくか。調査ではそうした問題意識にもとづいて,CEOへの質問が設定されている。

 個別の調査結果だけを見ると,プレゼンを担当したIBCSの金巻氏も認めるように「まあ,そうでしょうね」というものが多い。それでも,過去の調査結果と比較することで見えてくる事実がある。

 例えば,「企業が競争に勝つために抜本的なイノベーションが必要と考えている」という質問に対してYesは83%,「過去の変革実現の度合い」という質問で「実現した」は61%で,両者のギャップは22%に達している。ところが,2006年の調査では「抜本的なイノベーションが必要と考えている」のYesは65%で,「実現した」は57%,ギャップは8%に止まっていた。つまりこの2年で,両者のギャップは3倍近くに跳ね上がったことになる。

 では,変革の必要性を感じながら,それを実現できない理由は何なのか。調査では,新興国市場への対応といった個別の項目ごとに,実現を妨げる課題を質問している。例えば,IBMは理想的なグローバル企業を「グローバル・インテグレーテッド・エンタープライズ」と呼び,「世界中で一番ふさわしい場所にそれぞれの機能を分散させて,適正な場所で,適正な時期に,適正な価格で経営資源を最適化する企業」と定義づける。その上で,「グローバルインテグレーションの障害は何でしょう」という質問をCEOにぶつけている。

 世界主要企業のCEOのこの質問に対する回答の1位は,「タレント(人材)/マネジメント能力の不足」で57%。2位は54%で「法制化/規制緩和」がランクインする。1位については,まさに「まあ,そうでしょうね」である。リソース調達先と市場という二つの面をにらみながら世界規模で企業経営の舵取りをできる人材が,簡単に調達・育成できるとは思えない。ポテンシャルのある人材にチャンスを与えて,育てていくしかないだろう。

世界企業にとってリバタリアニズムは共通の価値観か

 個人的に興味深かったのは,グローバルインテグレーションの障害で,「法制化/規制緩和」が1位とほぼ横並びの2位だったことだ。今回の概要発表では時間の制限もあって,「グローバル・インテグレーテッド・エンタープライズ」について,それほど詳しい説明はなされなかった。しかし,グローバル・インテグレーテッド・エンタープライズにとって,国家ごとに異なる税制度,解雇制限などの労働法規,特許権や著作権などの知的財産の扱いが事業展開の障害となるケースが多いことは容易に想像できる。

 経済や社会に対する政府の介入を最小限におさえようという考え方を,リバタリアニズムと呼ぶ。必ずしも経済至上主義ということではなく,個人の自由を尊重する立場からの主張でもある。IBCSがリバタリアニズムを主張しているわけではないが,発表会で配布されたA4判8ページのサマリーを見ていると,国家がビジネスの邪魔になるような規制を行わないことが,経済全体の生産性を高めると主張しているように思えてくる。

 そういえば,今年4月に急逝された多田正行氏と食事を兼ねた打ち合わせをしていたとき,「多田さんはリバタリアンですか」とお尋ねしたことがある。多田さんには,ITproで「社会保険庁問題を検証する」の執筆をお願いしていたのだが,そのときの多田さんの社会保障制度に対するお考えをお聞きしていて,ふいに思いついて質問したのだと記憶する。

 多田さんは笑ってお答えにならなかったが,筆者は今でもそうだろうと勝手に思い込んでいる。リバタリアニズムの立場から社会保障制度をどのように考えるか。社会保険庁は,そのはるか以前の実務上の問題だけで検証すべき話が山のようにあり,連載ではとてもそこまで手が回らなかった。だが,多田さんがご健在で連載を継続されていれば,そこまで話が進めたかったのではなかっただろうか。

 多田さんは「社会保険庁問題を検証する」で,社会保険庁が発表する資料を「情報が不足している」「検証がいい加減」と毎回メッタ切りに批判していた。その中で,唯一ベタボメだったのが,IBCSが社会保険庁の委託を受けて作成した「社会保険オンラインシステム刷新可能性調査報告書」だった。連載のプロローグではIBCSの報告書を次のように評している。

「IBCSの報告書「社会保険オンラインシステム刷新可能性調査報告書」は,米国流のコンサルタント会社はこんな仕事をするのか,と納得させられる内容と量だ。一読すれば,とてもテンプレートに当てはめて書かれたものではないことが分かる」

 さて,最後に日本企業のCEOに限定して,グローバルインテグレーションの障害についての調査結果をご紹介して締めくくりとしたい。1位と2位は同じ。ただし,1位の「タレント(人材)/マネジメント能力の不足」が76%で世界平均よりかなり高いのに対して,2位の「法制化/規制緩和」は34%にとどまる。

 1位のパーセンテージが世界平均より高い理由には,言語の問題やリーダーシップを含めた組織文化の問題などが考えられる。では,2位の「法制化/規制緩和」が低かったのはなぜだろう。これも推測するしかないのだが,ひょっとしたら税制度,労働法規,知的所有権など日本の法制度や規制は世界平均より企業に厳しいものになっており,日本企業のCEOはそれに比べれば他国の法制度や規制はたいした障害ではないと認識しているのかもしれない。