2008年5月27日,任意団体「衛星ブロードバンド普及推進協議会」が発足した(関連記事)。同協議会は,衛星通信を使いデジタルデバイドの解消に貢献することを目的にするという。

 衛星を使ったインターネット接続サービスは1990年代後半に登場したものの,あまり流行ることなく終わったという過去がある。この時代に提供されていた衛星インターネットは,下り方向(衛星から端末)の速度が最大1Mビット/秒程度で,当時としてはかなり高速なものだった。しかし,多人数で帯域をシェアするために,それほど速度が出なかったという記憶がある。

 さらに,上り方向(端末から衛星)は,電話やISDNのダイヤルアップ回線を使っていったんインターネット接続事業者に接続し,通信事業者を経由してそこから衛星にアップリンクするという方法を取っていた。このため,「常時接続回線」とはならず,結局,ADSLの台頭とともに個人向けサービスとしては衰退していったのだ。衛星インターネットは,いまさらデジタルデバイド解消に貢献できるのであろうか。

 この点について,衛星ブロードバンド普及推進協議会の事務局長を務める会津泉・ハイパーネットワーク社会研究所副所長に尋ねると,「衛星ブロードバンド」は以前の「衛星インターネット」とは全く違うものだと言う。「上り回線にダイヤルアップを使うのではなく双方向とも衛星通信を使う。70~80cm程度の小型アンテナを使い各家庭で直接衛星とやり取りするサービスを利用する」(会津事務局長)。同協会が念頭に置いている衛星ブロードバンド・サービスとは,米国ベンチャー企業のBBSATが計画しているもの。BBSATは,衛星ブロードバンド普及推進協議会の設立時会員にも名を連ねている。また,タイの衛星通信会社Shin Satellite Publicの子会社であるIPSTARも,日本で事業化する計画があるという。

 BBSATのジェイムズ G. バイチマン社長によると,同社が提供する衛星ブロードバンド・サービスは下り2.5Mビット/秒,上り512kビット/秒。今秋に日本法人を設立し,2009年3月末にサービスを開始する予定だという。通信衛星は宇宙通信のものを利用する。気になる料金は「ADSLと同程度が目標」(バイチマン社長)。しかもADSLサービスと同じように,必要な機器のレンタル料を含めてADSLと同程度にするというのだ。

 総務省は,2010年度までにブロードバンド・ゼロ地域を解消する目標を掲げ,2007年10月に「デジタル・ディバイド解消戦略会議」を設置した。同会議の資料によると,ブロードバンド未整備世帯数は,2007年9月末時点で約220万世帯に及ぶ。総務省は,この220万世帯のうち,FTTHによって約92万世帯,CATVインターネットによって約113万世帯,無線アクセスによって約4万世帯はカバーできるものの,残る約11万世帯は衛星に頼らざるを得ないと試算している。「結局,地上の設備ではどうしても無理という世帯が必ず残る」(会津事務局長)。どうやら,衛星ブロードバンドはデジタルデバイド解消の切り札となりそうだ。

 とはいえ,不安要素がないわけではない。日本におけるサービスをうまく開始できたとしても,採算が取れなければいずれは撤退を余儀なくされるからだ。

 デジタルデバイド解消に向けて,総務省はこれまで様々な支援策を講じてきた。しかしブロードバンド整備は国の事業ではない。最終的には,民間企業が整備していかなければならないものである。民間企業が採算を取ることを考えた場合,この11万世帯だけを相手にしていたのでは衛星ブロードバンド提供事業者もビジネスにならない。ブロードバンド未整備の220万世帯全体,さらにはADSLが使えていてもさほど速度が出ないような地域のユーザーも取り込んでいかなければならないだろう。

 確かに,BBSATの言う「ADSLと同程度」という料金設定が実現できれば,かなり多くのユーザーを集められる可能性は高い。だが,本当にその料金でサービスを始めることができるかは未知数だ。また,衛星通信特有の降雨や降雪による影響がどの程度あるのかなどの懸念材料もある。BBSATは今夏にも,衛星ブロードバンドの実証実験を日本国内で始めるとしている。まずはその実験を見て,どれぐらいの実力があるかを検証する必要があるだろう。