ISO(国際標準化機構)は2008年4月,Microsoftが提唱したオフィス文書のフォーマット「OOXML(Open Office XML)」を標準として認定したと発表した(関連記事)。しかし,OOXMLのISO標準化に対して公式に抗議(アピール)を表明する国が現れている。インド,南アフリカ,ブラジル,ベネズエラである。

 講義を表明したのは各国のOOXML標準化を審議した組織だ。欧米の報道などによれば,5月下旬から6月上旬にかけ,アピールがISOに提出されている。

South Africa Appeals OOXML Adoption(ConsortiumInfo.org)
Brazil protests ratification of OOXML(CNET News.com)
India and Brazil File Appeals Against OOXML Standardization(PC World)
Venezuela Joins Line Appealing OOXML Standard Approval(PC World)

 日本で情報規格調査会 JTC1/SC34専門委員会の委員としてOOXMLの標準化を審議した国際大学の村田真氏によれば,アピールは表明から1カ月以内にISOのTechnical Management Board (TMB)とIEC(国際電気標準会議)のStandardization Management Boardに提出され,そこで取り上げられるかどうか決定される。取り上げられれば,conciliation panel が開かれ,そこで何らかの案が示される。確定するまでOOXMLがISO/IECから出版されることはなく,アピールの結果が確定するまでには半年以上かかるのではないかと村田氏は見ている(村田氏のブログ)。

 これらの国はなぜOOXMLの標準化に反対しているのか。南アフリカSouth African Bureau of Standards(SABS)の抗議文デンマークOpen Source Leverand krforeningen in Denmark (OSL)がISOに送付した抗議文が公開されている。これらの中では,完全な仕様のテキストがまだ提出されていないこと,XMLの不整合が存在することなどが指摘されている。

 OOXMLの完全な仕様がまだ提出されていないのは,ISOの審議過程で各国代表から大量のコメントが提出されて,それに対する膨大な回答が行われたためだ。2008年2月,OOXMLに対する標準案に寄せられたコメントに対する修正を審議する会議であるBRM(Ballot Resolution Meeting)がスイスのジュネーブで開催された。ここでコメントに対する審議が行われたが,それを反映した仕様がまだ作成されない段階で,標準として認定するかどうかの投票が行われた。

 なぜ最終的な仕様が作成されない段階で投票が行われたのか。OOXMLは最初ECMA(欧州工業会)標準となり,ECMAからISOに対し提出された。ECMA標準の場合,通常より審議期間を短くするファストトラックと呼ぶプロセスで審議することができる。ファストトラックは,既にある団体で標準化された仕様である以上,修正があったとしても微修正であるとの前提で審議プロセスが設計されていた。そのため,コメントに対する回答だけで投票が行われたのである。

 OOXMLもファストトラックにより審議されたのだが,そもそも,ISOのファストトラック審議プロセスでは,このような大量の修正を想定していない。「本来のファストトラックの精神から大きく逸脱している」と情報規格調査会のJTC1/SC34専門委員会委員で,ジャストシステムの樋浦秀樹氏は指摘する。「そもそもOOXMLが国際標準のレベルに達していなかった。ECMAは懐柔しやすいので,MicrosoftはまずECMAに持ち込んだのだろうが,ECMAのファストトラック提出資格を剥奪していいくらいのケース」と樋浦氏は言う。

 さらに,ECMA標準であるはずのOOXMLの品質自体に問題があるという指摘もある。情報規格調査会 技術委員会の委員である日本オラクルの鈴木俊宏氏によると,OOXML仕様案2007年9月版がXMLの文法に適合しているかをスキーマ検証ソフトで検証したところ,検証ソフトがハングアップしたという。またXMLには「情報の構造が階層構造になる」という設計思想があるが,OOXMLにはこれに反する記述が多数含まれているという。このような実装では,XMLパーサーで検出することができず,XMLパーサー利用を前提としているソフトウエアにとっては大きな痛手になると鈴木氏は言う。

【訂正】掲載当初「情報規格調査会 JTC1/SC34専門委員会の委員である日本オラクルの鈴木俊宏氏」と記述しておりましたが,正しくは「情報規格調査会 技術委員会の委員である日本オラクルの鈴木俊宏氏」です。お詫びして訂正いたします。[2008/05/16]

ユーザーの資産が特定ベンダーにロックインされてはならない

 それでも,記者はOOXMLは国際標準になるべきだと考えていたし,今もそう考えている。既にこれだけMicrosoft Officeで作成された文書が大量に存在する以上,それを無視することはできない。ISO標準になることで,透明性が確保され,一企業が恣意的にフォーマットを変更することができなくなれば,ユーザーにとってのメリットは大きい。

 ただし,OOXMLが国際標準に足る内容になっていることが前提だ。もしそうなっていないのであれば,OOXMLがふさわしい内容になるまで修正されなければならない。ISO標準となったOOXMLはMicrosoft Office 2007のフォーマットをベースにしISOの審議で修正されたものであり,今後Office 2007のフォーマットとなる。影響が及ぶ範囲はきわめて大きい。

 「MicrosoftはOOXMLを早期にISO標準にするためにあらゆる手段を使ってきた」という関係者もいる。ただし,Microsoftが資金力と政治力でゴリ押ししようとしたという単純なものではない。ISOは,OOXMLの標準化に関して個人攻撃を行わないよう声明を出したが,この個人攻撃を行った側とは,おもにODF陣営であったという(村田氏のブログ)。

 「標準の持つ意味が,かつてと比べてきわめて大きくなっている」と,経済産業省 商務情報政策局 情報処理振興課長 八尋俊英氏は指摘する。政府は2007年に「情報システムに係る政府調達の基本指針」を策定し,オープンな標準に基づく要求要件の記載を優先することを方針として定めている(関連記事)。

 八尋氏は2008年3月から情報規格調査会 技術委員会にも参加している。「これだけ影響力が大きくなってきた以上,それにふさわしいきちんとした運営が求められる」と八尋氏は指摘する。

 ユーザーが作成した文書はユーザーの財産である。蓄積した文書資産が特定のベンダーにロックインされたり,望まないバージョンアップ料金を払わなければならなかったり,ましてやその文書が読めなくなったりすることはあってはならない。OOXMLが国際標準にふさわしい内容になるかどうか,注視していかなければならない。