SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)が注目を浴びて2年がたとうとしている。基幹系パッケージ・ソフトウエアの動向を追っている記者にとって、SaaSは当初、遠い存在だった。「グループウエアやSFA(営業支援)など一部の用途向けだろう」くらいにしか思っていなかった。しかし今ではSaaSの動向を気にせずにいられなくなっている。

 基幹系は、ヒト・モノ・カネといった企業の経営資源を管理するシステムの総称だ。会計、販売、購買、生産管理、人事・給与といったアプリケーションが、基幹系で利用されるアプリケーションの代表例である。基幹系の業務パッケージは、一昔前の独SAPのERP(統合基幹業務システム)パッケージ「R/3」に代表されるように、導入に時間と費用がかかる製品が多い。

 SaaS専業ベンダーの旗手である米セールスフォース・ドットコムの記者会見に初めて参加したときの衝撃をよく覚えている。「ハードウエアもいらない。DVDもいらない。インターネットに接続できる環境があれば、明日からすぐにCRM(顧客情報管理)が始められる。月単位の契約なので合わなかったら止めることもできる」。米本社の要人はさわやかに語った。記者が頻繁に出席している「導入費用が安くて1億円、期間は早くて半年」という基幹系パッケージ・ソフトの記者会見とは全く雰囲気が違う。

 セールスフォースの会見以来、オンデマンド型でアプリケーションを提供するSaaSの動向は気になっていた。一方で「基幹系システムの世界とはまだ縁遠い」とも感じていた。

 ところがあっという間に、基幹系の世界にもSaaSの波が押し寄せてきた。2007年にはERPパッケージ・ベンダー大手の独SAPや米オラクルが本格的にSaaSの提供を始めた。08年に入ってNECや日立製作所、富士通といった国内の大手ITベンダーもSaaSへの参入を表明した。

 はたして基幹系の世界でもSaaSは主流になるのだろうか。会計や販売システムなどをすべて“クラウド”つまりインターネットの上に乗せる時代が近い将来、到来するのだろうか。

 そんな疑問を晴らすチャンスが、ここ数カ月で立て続けにやってきた。ユーザー企業のシステム部長、既存のERPパッケージ・ベンダーやSaaS専業ベンダーの幹部、国内外のITベンダーで基幹系の構築に携わって担当者に、基幹系システムで利用するアプリケーションについて話を聞く機会があったのだ。その際に必ず「基幹系でSaaSを利用する時代は来るのか」を尋ねた。

 現時点で得られた結論は以下のようなものだ。「基幹系の一部であれば、SaaSを当たり前のように利用する時代は遠からず来る。ただし、システム全体をSaaS中心で構築することはない」。

 この結論を当たり前と思うかもしれない。しかし、たとえ一部だとしても、基幹系をクラウドに乗せるというのは大きな変化だと、記者は考える。

基幹系の作り方が変わった

 SaaSが基幹系の構成要素となるのは、単に「SaaSがオンデマンド型で提供され、サービスとして気軽に導入できる」からではない。基幹系の作り方が変わりつつあるという大きな流れの一環ととらえるべきだ。

 基幹系の作り方の変化とは、一口で言えば「あり物志向」と表現できる。ERPパッケージやSaaSのような「あり物」を使って基幹系システムを構築するのが当たり前になったのである。さらにSOA(サービス指向アーキテクチャ)の考え方が、あり物志向をより加速すると同時に、選択肢の幅を広げている。SaaSが基幹系の選択肢となるのは、こうした変化があってこそだ。

 1990年代にオラクルやSAPのERPパッケージが日本に上陸して以来、基幹系のアプリケーションの構築方法は「スクラッチ開発(手作り)」か「パッケージを利用するか」の二者択一の時代が続いた。90年代後半から、中堅企業向けの国産パッケージ・ソフトが数多く登場。「スクラッチ文化」と言われていた日本企業による基幹系の構築方法が少しずつ変わり始めた。

 二者択一の時代が崩れ始めたのは06年ごろである。パッケージ・ベンダーがSOAの考え方を取り入れ始めたのがきっかけだ。パッケージの機能をサービスとして利用可能にし、ユーザー企業が自社の業務プロセスに合わせて組み合わせられるようにしたのだ。SAPが04年にコンセプトを発表し、オラクルなどが追随した。

 パッケージ・ベンダー各社はサービスを組み合わせて利用するためのミドルウエアも用意。「パッケージの持つ機能が合わない、あるいは不足している場合は、スクラッチ開発やほかのパッケージ・ソフトを組み合わせて利用できる」とのメッセージを発信し始めた(関連記事)。

 ポイントは、ERPパッケージ・ベンダー自身がSOAの考え方を取り入れ、製品をサービス化した点にある。SOAに基づくシステム開発でまずネックになるのは「何をサービスとするか」を決める作業だ。パッケージ自身がサービス化していれば、もうサービスは「あり物」として存在しているので、サービスを定義する手間を軽減できる。

 基幹系を「ベスト・オブ・ブリード」で開発しやすくなったのもメリットだ。ベスト・オブ・ブリードは、1つのERPパッケージだけで基幹系を構築するのではなく、複数のパッケージを組み合わせて構築する考え方を指す。ユーザー企業は“良いとこ取り”を実現できる。

 ERPパッケージがサービス化されていない時代は、ベスト・オブ・ブリードは難しかった。パッケージの機能をほかのアプリケーションから必ずしも自由に呼び出せるわけではなく、パッケージ間の連携手段も標準化されていなかったからだ。SOAの考え方をパッケージに取り入れたことで、パッケージの機能をより細かなサービスの形で利用しやすくなり、しかも標準的な手段で連携利用できるようになったのである。

 このベスト・オブ・ブリードの前提があるからこそ、SaaSは基幹系の一部として利用しやすくなると記者は考える。サービス化されたERPパッケージや、サービス化したほかのスクラッチ開発のアプリケーションと比較しても、SaaSは組み合わせやすいパーツだろう。