「改革には抵抗勢力がつきもの」。日経情報ストラテジーで様々な企業の業務改革や風土改革の取り組みを取材して、こんな話をよく聞いていた。ならば抵抗勢力とどう折り合い、巻き込んでいくべきかをテーマにした特集記事が書けないか。こんな視点から取材を始めたのは2007年の末。ほぼ半年を取材につぎ込める算段だった。

 「余裕だな」と思いつつ始めたものの、現実にはかなり難航した。理由の1つは、事例取材が難しかったことだ。「今も一緒に仕事をしている同僚のことを、『抵抗勢力』としてお話しするわけにはいきませんよ」。こうして断られた取材の数は十指に余る。

 もう1つは自分自身が「抵抗勢力とは何か」を十分に理解できていなかったことだ。コンサルタントや企業の改革リーダーに取材する中で、「抵抗勢力ってこんな人」という自分の概念がどんどん壊れ、再構築を繰り返すことになった。

誤解その1:抵抗勢力は「悪」である

 「改革推進チームは会社を良くするために頑張っているのに、邪魔をする人は後ろ向きだ」。小学生みたいな感想だが、普段改革の推進側からの話ばかり聞いているせいか、正直こんな固定観念を持っていた。それを正してくれたのがシナジェティック・コンサルティング(東京・港)でシニア・リサーチ・コンサルタントを務める横山直文氏だ。

 自動車メーカーの経営企画からコンサルティング会社に転じ、様々な改革を推進してきた横山氏は「推進派と抵抗勢力は表と裏の関係。見方を変えれば改革の推進派が抵抗勢力であるとも言える」と指摘した。企業内では様々な改革や改善活動が進んでおり、1つの職場で、複数を並行して進めていることも少なくない。全社的に最優先で進めることが合意されている改革案件を別にすれば、既に取り組みが進み、成果が見え始めているプロジェクトがあるのに、後から始まったプロジェクトにリソースを割けと言われても現場は納得できないのは当然のこと。そうした実態を踏まえずに、「このプロジェクトに積極的に取り組んで」と旗を振るだけでは、現場を混乱させ、反感を感じさせてしまう。

誤解その2:抵抗の理由は考え方の違いや社内の権力争いに根ざしている

 山崎豊子氏の「不毛地帯」では、総合商社を舞台に、取引の透明化やビジネスモデルの変革によって会社を変えていこうとする主人公に対し、経営トップを争うライバルや、かつては支援者であった現社長による妨害が赤裸々に描かれている。こうしたフィクションに影響されている面もあったのだが、抵抗勢力が改革を阻害するのは、経営手法に対するポリシーの不一致や、社内の権力闘争など、構造的な理由に根ざしているのだと思っていた。

 しかし現実には、ちょっとした行き違いから簡単に抵抗勢力は生まれてしまうようだ。ある企業では、全社的な業務改革プロジェクトを立ち上げるに当たり、大々的なキックオフミーティングを開催したが、キーマンである本部長の出張の日に重なっていた。出張から戻った本部長は、自分の頭越しにプロジェクトがスタートし、改革チームから現場に直接指示が出ていたことに立腹した。小さな行き違いのようだが、軽んじられたと感じて「ヘソを曲げた」本部長の感情のしこりはなかなか消えず、プロジェクトがその部門の全面的な協力を得られるようになるのにかなりの時間がかかったという。

誤解その3:異論を唱えるのが抵抗勢力だ

 改革の意義や手法に納得せず、「そのやり方はおかしい」と正面から反論するだけが抵抗勢力ではないらしい。表面的には賛成している様子を見せつつ、水面下で改革の批判をしたり、婉曲にプロジェクトへの関与から逃げる「面従腹背派」こそ、実際には巻き込みが難しい。

 「意思決定の会議の場で異論が出なかったから、参加者が改革の方向性や手法に同意していると思うのは大間違い」と話すのはソフト会社イー・イー・ティ ジャパン(東京・品川)の熊澤壽社長だ。電源メーカーのCIO(最高情報責任者)を長年務め、様々な先進システムの導入に当たってきた熊澤氏は、新システムの企画、導入を役員会にかける際には、詳細なデータ分析を行い、客観的に改革の必要性を説いてきた。実際、同氏の発表に対し、役員会の場で反論や異論が出ることもなかったという。

 しかし納得していると思っていた役員陣が、後から「そんな話は聞いていない」と言い出して計画が白紙に戻ってしまったこともあった。「その場で反論してくれれば議論できるのに、論破できる自信がないからその場はやり過ごして後で文句を言い出す。こうした面従腹背が一番厄介だ」(熊澤氏)

誤解その4:一度納得すれば後はスムーズに進む

 抵抗勢力が発生するのは、改革プロジェクトが始まるとき。その時点で合意のポイントを見つけ、改革の方向性に納得してもらえれば後はスムーズに進むのかと思っていたら、実はその後も抵抗の芽は徐々に育つらしい。ソニーでIT(情報技術)を活用した設計の業務改革などに携わり、現在はコンサルティング会社ウイッツェル(東京・千代田)のCEO(最高経営責任者)を務める奥田稔氏は「プロジェクトが代替わりしたとき、新たなリーダーが実は旧抵抗勢力で、前任者を否定することもある」と話す。

 それまでの方針に心中では決して納得しておらず、自分が権限を持つとここぞとばかりに方針を転換する。もちろん新たな視点を持ち込むのは悪いことではないが、それを続けると改革のぶれが始まり、当初の目的を見失ってしまう。奥田氏は「以前に自分のやり方を否定されたという『怨恨』がある場合、こうした事態が起こりやすい。抵抗勢力を追い詰めるのではなく、同じ目的を共有する仲間としてどこまで巻き込めるかがポイントになる」と指摘する。

 こうした認識をベースに、様々な企業でどのような抵抗勢力の巻き込みがなされてきたかを取材したのが日経情報ストラテジー7月号の特集「改革の抵抗勢力を巻き込め」である。結論を先に言ってしまうと、その解は「抵抗勢力の立場で、なぜ抵抗するのかを考え抜く」ことに尽きる。当たり前のことのようだが、私のように「抵抗勢力=悪」という考えにとらわれていては事態をこじらせるだけだ。理屈、感情、政治性などの視点で抵抗の理由を探り、それを和らげるアプローチを模索する。こうした難題に臨んだ改革リーダーの試行錯誤を是非お読みいただきたい。