「開発者は成功してほしい」

 というわけで「バグのないシステムはない」点について,筆者は小飼氏とまったく同意見である。しかし,それなら「必ず動く」などと書くべきではない,と小飼氏は指摘する。バグがある以上,必ず動くとは本来言い切れない,にも関わらず,それを文字にするとは,バグの無いシステムを要求していることに他ならない,という主張だろう。

 確かに筆者は『6000人が作ったシステムは必ず動く』と題したコラムの中で「実のところ根拠は何も無い。『必ず動くと信じている』だけだ」と書いた。これについて小飼氏は「『信じる』は,まさに『第三種疑似科学』であり,はっきり言って現場に対する援護射撃どころか誤爆以外の何者でもない」と書いておられる。

 「実のところ根拠は何も無い。『必ず動くと信じている』だけだ」という表現は小飼氏以外の方々もいたく刺激したようで,インターネットで検索してみると,筆者は“トンデモ記者”として扱われている。「根拠がないが,必ず動く」と「報道」するとは何事か,というわけである。拙稿を常に読んで下さっている知人からも「日経ビジネスオンラインにはいい記事を書いていたのに,ITproに書いたあの文章はないでしょう」という,お叱りのメールを頂いてしまった。

 「6000人が作ったシステムは必ず動く」について,何人かの読者が助け船を出してくれた。ある読者は小飼氏のブログに「いやITproはそんな大げさな媒体じゃないでしょ。はっきり言って。『大規模システムは動かない』という大前提のあった上でそれでも動いて欲しいという記者個人の浪漫を綴ったコラムですよあれは」とコメントを寄せた。「大げさ」というのは,小飼氏がITproを,テレビや新聞と同じマスメディアと呼んだことを指している。

 「第三種擬似科学」も知らない言葉であったのだが,ある読者は小飼氏のブログにトラックバックしたサイトで次のように書いてくれた。「擬似科学は事実ではないことを『事実』だと言うから問題なんだが,谷島記者は自分が信じている(というか信じたい)ことを素直に『信じている』と表現しているんだから疑似科学という批判は当たらない。てゆーかそれ以前に,記者の文章は社説とかエッセイの類のものであって『事実報道』ではない」。

 自分に都合のよいコメントやトラックバックだけを引用している格好になってきたが,もう一つだけトラックバックを紹介したい。この方は,「弾さんとまったく同じ問題意識を持ち,それをあえて報道の側から語ってくれていることがわかります」と書いている。

 筆者の意図は,上に引用した読者の方々が指摘している通りである。なぜ自分の言葉ではっきり書かないのかと言えば,「浪漫の綴り方」についてこれ以上,意図を書くのは野暮だと思うからだ。とにかく,システム開発に日々取り組んでおられるエンジニアの人達には,ぜひとも成功してもらいたい。だから,そうした人々が読者になっているITproに書いたのである。日経ビジネスオンラインにおいても,ITのエンジニアにエールを送ってよいのかもしれないが,かえって分からず屋を刺激してしまうだろう。

 とはいえ結果として,小飼氏に筆者の意図は分かってもらえなかったようだ。「ようだ」と書くのは,ある読者が指摘した通り,小飼氏がわざと分からない振りをしたのではないか,という風にも思うからである。そうではなく小飼氏が本当に分からなかったとすれば,筆者の表現に難があったことになる。

 トラブル無き完全稼働を求めていると誤解される書き方は避け,「バグを完全に無くすことなどできない。エンジニアの皆さん,少々のトラブルは起きて当たり前です。致命的な問題さえ起こさなければ成功と言えます,気楽に行きましょう」と書けば良かったのだろうか。ただ,『6000人が作ったシステムは必ずどこか壊れている』という題名では応援にならない気がする。

 小飼氏の用語でもう一つ分かりにくかったのが「大組織病」である。「同記者もまた患者である」と断言されており,筆者は大組織病に感染していることになる。花粉症やアレルギー性結膜炎には罹っているし,何回挑戦しても断酒できないという病の自覚はあるが,大組織病だったとは知らなかった。

 小飼氏の文を読むと,大組織病は「大きい組織がやることは正しいと思いこむこと」のようだ。「民間信仰」という難しい言葉もあり,次のように使われる。「『強い権力ほど正しくあるべきだから』という『民間信仰』が背景にあるように思えてならない。『大企業だから正しい』『マスメディアだから正しい』『国家だから正しい』というわけである」。

 それなら,大組織妄信病とか,大組織偏重病と書くべきではないかと思ったりするが,そうした細かいことはさておき,「大きい組織がやることは正しいと思いこむこと」を小飼氏が非難しているとすると,それは筆者には当てはまらない。メガバンクが大金を投じ,6000人を動員したから,その行為は正しい,成功する,などとはまったく思っていない。スタートアップ企業がなけなしの金を投じ,社員6人で開発したシステムであっても,バグはあるだろうが動いてほしいし,開発者は成功体験をしてもらいたい。