以前の「記者の眼」でも触れたが、受託開発するソフトウエアに適用される会計基準が、「工事進行基準」へと移行する。適用開始の時期は2009年4月なので、残り1年を切ったことになる。大手SIerの一部は今年度から先行適用を始める見通しだが、まだまだ手つかずだったり、様子見の状況にある企業の方が多いだろう。

 進行基準への移行は事実上、ITサービス業界においては必須であると言っていい。NECの2008年3月期の決算説明会で、小野隆男執行役員常務は「進行基準の適用はマスト(必須)だと考えている」と断言した。多くの大手企業は同じように認識しているはずだ。

 実はこの「適用は必須」という言葉。半分は正しいが、半分は正しくないのである。

 ここで、企業会計基準委員会(ASBJ)が2007年12月に公開した「工事契約に関する会計基準」を読み直してみよう。進行基準を適用するのは「(受託開発するシステムの)進捗部分について成果の確実性が認められる場合」である。それには売り上げや収益、原価総額を高い精度で見積もりできて、きちんと進捗度を測れることが前提になる。つまり、額面通りに受け止めれば「適用できるものは適用しなさい」ということになる。

 システム開発のプロジェクトにおいて、売り上げや収益、原価総額を高い精度で見積もることは、今まで取り組んでこなかった企業が簡単にできることではない。顧客の都合で仕様を変更する羽目になったり、トラブルが発生したりして当初の目論見が崩れることは少なくないからだ。そう考えると、実際の適用対象はさほど多くない、いう見方もできる。「適用は必須」という言葉は、半分は正しくないのだ。

第三者の目を意識せよ

 ところが、第三者の目を意識すると事情が変わってくる。第三者とは、元請け企業、顧客、株主、そして監査法人である。

 下請けとしてシステム開発の一部を受注する場合、開発期間が期をまたがなかったり、受注金額が小さかったりすることは多い。この場合、進行基準を適用する必然性は薄い。しかし、プロジェクト全体を管理している元請けは、当然のことながら進行基準を意識する。全体の進捗管理の精度を高めるために、下請けにも開発の進捗度と発生したコストの報告を求めるはずだ。

 その際、元請けに曖昧な報告しかできないような会社は淘汰される。というのも、下請けからの曖昧な報告が原因でプロジェクト全体に遅れが生じたり採算が悪化したりした場合は、元請けも管理能力を問われるからだ。あるSIerの幹部は、「プロジェクトマネジメントのレベルによって、下請けの絞り込みも必要になる」と言う。実際に進行基準を適用するかどうかは別として、進行基準を適用できるレベルの管理体制は必須だ。

 顧客も同じように、開発が可視化された方が安心して発注できる。早い段階で開発すべきシステムの全体像が固まるので、納期の遅れやシステム開発費用のぶれが少なくなるからだ。要件定義や契約などの手続きが煩雑になるデメリットがあるが、“副産物”として、結果的に顧客の満足度を高めることができると言えるだろう。

進行基準に対応できなければ株主に見放される

 上場企業の場合、株主の視線を忘れてはならない。そもそも進行基準への移行は、国際会計基準とのコンバージェンス(統合)の一環だ。期待できる売り上げと収益を四半期ベースで可視化し、投資家の判断材料にしてもらう狙いもある。それができない企業は、投資家から情報開示が不十分で投資リスクが伴うと判断されたり、「十分な管理体制が整っていない」と見なされたりして、そっぽを向かれることになりかねない。

 最後に監査法人である。従来通りに工事完成基準を適用するケースは、今後は受注額が少なかったり、開発期間が短かったりする事例に限られていく。つまり、完成基準は例外になる。外部から見てプロジェクトの進捗を確認しにくい完成基準を適用する場合は、あくまで例外であることを認識したうえで、利益操作などのあらぬ疑いをもたれぬように理由を明文化しておくべきだ。

 大手SIerの中には、完成基準の適用に関して取締役会での決議を経るようにしたり、適用理由を明文化して監査法人に提示したりする動きもある。監査法人によって進行基準への移行に関するスタンスは異なるが、この点は意識する必要がある。

 進行基準の適用は、ASBJが示した基準を額面通りに受け取れば、必須とは言えない。それが第三者の目を意識すると、よほどの例外を除けば必須だと言える。未だに「業界の慣習に合わない」「手間がかかりすぎる」との理由で進行基準に抵抗を示す企業も少なくないが、進行基準への移行、もしくは進行基準に対応できる体制の整備は、時代の要請でもあると言っていい。手遅れになる前に、準備を急ピッチで進めるべきなのだ。

 なお、「日経ソリューションビジネス」5月15日号では、「進行基準 18の特効薬」と題する特集記事で具体的な対応策を取り上げた。5月26日には東京青山で進行基準を徹底解説するセミナーを、6月26日には大阪で中堅・中小のSIerを念頭において進行基準について徹底解説するセミナーを開催する。興味のある方は特集記事をご一読のうえ、いずれかのセミナーに参加をご検討いただきたい。