日常生活にヒントがある

 彼がきっかけでこのコンテストを知ったのだが,その受賞者を見て興味を引かれたことがあった。もう一つの優秀賞を受賞した詫間電波工業高等専門学校(以下,詫間電波高専)チームだ。詫間電波高専は,過去に何度も優勝経験を持つ,高専ロボコンの全国大会常連校として知られている。だが,ロボコンだけではない。日経ソフトウエアに掲載されるプログラミング・コンテストのレポート記事でも,何回かこの学校名を眼にしたことがあった。

 そのため,ITビジネスプランコンテストの受賞者を見たときに“ここにもいたか,詫間電波高専!”と思ったのだ。いったいどんな学校なのか。大阪に寄ったついでに,香川まで足を延ばしてみた。

 取材には,電子工学科の天造(てんぞう)秀樹先生とその研究室に所属する学生諸君(愛好会「+U Cool Works!!」のメンバーなど)に対応していただいた。その中に,優秀賞を受賞した,池上希美さんを代表とするチーム(他のメンバーは中西祐貴君,香川由佳里さん,中田由華里さん)がいた。

 彼女達が提案したのは「恋愛魔法瓶─恋愛プチ改善サイト─」。「交際している彼の怠慢を防止すること,そして二人の大事な思い出をきれいに残しておける,そういった二人の恋愛をプチ改善するためのWebシステム」という。「魔法瓶のように二人の関係がいつまでも冷めないように」というのが,システム名の由来だ。話を聞いているだけで,体のあちこちがくすぐったくなるが,それだけではない。40歳以上のおじさんがどうひっくり返っても出てこないアイディアが満載だった。

 このWebシステムには「恋愛温度計」「ハニカミブック」「連載自由帳」「二人のカレンダー」といったサービスがあり,携帯電話から使うことを想定している。特に,恋愛温度計がすごい。恋人同士のメールのやり取りを,自動で温度に換算して,ユーザーに時系列のグラフで表示するという。温度換算の基準は,恋人に送るメールの文字数,絵文字数,返信するまでに要した時間,添付ファイルの有無などから判断するというのだ。

 つまり,付き合っている彼は,メールを受け取ったら,絵文字や画像を加えた,ある程度の長さを持つメールを速攻で返信しなければならない。そうしないと温度計が下がってしまう。池上さんの彼氏につくづく同情したが,すっきりした顔立ちの,いかにもモテそうな彼氏は,取材に同席している間,終始ニコニコしていた。この世代では普通らしい。

 サービスの利用自体は無料とする。その代わり,全メールのやり取りと,ハニカミブックやカレンダーなどに保存された画像,スケジュールなどを製本化する別サービスで収益をあげるという。その価格や市場予測もきちんと考えられていた。

 メールのやり取りなどの全記録を本として保存されたりしたら「男はたまったもんじゃないよな?」と彼氏に聞いてみたが,照れ笑いしながら「ええ,まぁ」と答えるだけだった。製本されてもいいらしい。天造先生だけは「ツライと思う」と答えてくれた。ともあれ,この遊び心にあふれたアイディアが本当にサービス化されたら,高校生や大学生がきっと喜んで使うに違いない。市場性は抜群だ。

 彼女達は,休み時間や放課後に語り合うよもやま話の延長で,このアイディアを形にしていった。等身大の悩みや夢を,ITビジネスプランという形式にまとめあげたのであり,その成果は決して遊びではない。優秀賞受賞も納得できるくらい,きちんとした書類,資料が作られていた。日常生活の中にヒントがある──彼女達のプランに,今さらながらそれを気づかされる。

ものづくりに力を注ぐ若者

 高専なので勘違いされそうだが,これは授業の一環ではない。コンテストの応募は,あくまでクラブやサークルのような課外活動の一つにすぎず,その結果は授業の成績には関係がない。それでも,学生達をそうした活動にアグレッシブに向かわせる雰囲気を,学校や先生がうまく作りだしていると感じた。これは大人達の功績である。

 詫間電波高専では,学校をあげて「ものづくり」教育を積極的に行っている。ものを作り,改良するプロセスを繰り返すことが脳を活性化し,やる気/意欲を向上させるという狙いがある。プランを考えること,そしてそれを目に見える形にすることも,ものづくりの一環にある。この学校の学生達が,ロボコンばかりでなく,いろいろなところに登場するのには,そういう背景があるからだ。

 学生達の話を聞くと,とにかく何かを考え,成果物を出すことにエネルギーを注いでいるようだ。そしてそれが評価され,認められると「すごく達成感を感じる」(池上さん)という。“ものづくり”の喜びをよく心得ている。

 池上さん達が所属している愛好会は「+U Cool Works!!」(ツクールワークスと呼ぶ)は,そのものずばり,ものを作る(アイディアを考えて新しい商品を作る)会だという。その成果を,各種コンテストに積極的に応募している。例えば,愛好会のリーダーである矢野絢子さんのチームは,2年連続で「キャンパスベンチャーグランプリ」(日刊工業新聞 主催)の全国大会で受賞している。

 学生達はみな明るい。非常に楽しげに話をする。スレたところもなく,純朴である。みんなこれからもぜひがんばってほしいと心から思える。その一方で,筆者は一種の痛みを感じる。彼らが痛々しいという意味ではない。彼らに対する驚き,感心,気恥ずかしさ,うらやましさ,気後れ,将来への不安や期待といったいくつもの感情がまざって,なんだかせつなくなるのだ。

 知恵や処世術を身に付けて,丸くなってしまった心にスッと切り込みを入れられる感じだ。“若い人から刺激を受ける”というのはこれなのか,ちょっと違う気もする,自分はそんなにまで歳を取ったのか,と取材からの帰り道に自問する。

 彼ら/彼女らが,明日のIT業界を,日本を支える優秀な人材に,順調に育っていくことを願う一方で,同じ土俵にたったら簡単に負けはしない,という気概を持たねばならない。そうしなければ,老兵は座を追われるばかりだ。「大人のすごさを見せつけてやる!」と発憤すること,それが刺激に対する正しい反応に違いない。そして負けないために,何をすべきか,それをまず考えよう。