地上デジタルやBSデジタルの無料放送のコピー制御を現行のコピーワンスからダビング10へ切り替える予定日が2008年6月2日である。刻々と近づいているにも関わらず,予定が「確定」に変わらない。このため,チューナー内蔵録画機のメーカーなどから,「このままでは準備が間に合わない」という悲鳴の声が上がっている(関連記事「6月2日の「ダビング10」放送開始,予定が確定に変わるのはいつか」)。

 ダビング10への切り替え日を確定できない理由は,補償金問題で著作権者とメーカーの間で意見が鋭く対立したままだからだ。著作権者は,ダビング10への切り替えの前提として,無料放送の録画を私的録音録画補償金制度の対象に含めることを求めている。これに対して,メーカー側(JEITA)の主張は,DRM(デジタル著作権管理)でコピー制御されている以上は,無料放送は補償の対象外というものだ。著作権者側が主張を引っ込める状況にはなく,ダビング10の導入はJEITAの判断にゆだねられた状況になりつつある。

 ところで,このダビング10は,必ずしもメーカーが導入を望んだものではない。メーカー側のもともとの提案は,EPN(コピーには事実上制限はかからないが,インターネットへの再送信を制限できるもの)の採用であり,ダビング10ではなかった。コピーが無制限になることを嫌った著作権者などとEPNを主張するメーカー側の,いわば中間解として登場してきたものがダビング10である。ダビング10になると,現行のコピーワンスと比較して,多少は録画機の使い勝手はよくなる。このため,望んでいたものとは異なるものの,開発を余儀なくされたのである。

 それにも関わらず,補償金の問題の解決が長引いてダビング10の導入が遅れれば,せっかくのオリンピックを前にしたボーナス商戦で買い控えが起きかねない。市場の拡大が後ろにずれ込めば,その間にも端末価格が下がる。メーカーの事業にとってはマイナスでしかない。

国際展開を考えると,ダビング10対応は二度手間

 ダビング10のもう一つの問題は,無料放送でこうしたコピー制御をする国がなく,日本のICT産業の「ガラパゴス化」の典型例になる危険があることである。国内メーカーは,国内における最有力の映像コンテンツである地上デジタル放送へ対応するために,今後ダビング10を前提に使い勝手をみがき,録画機をはじめとする各種のデジタル家電やネット家電の開発を進めることになる。しかし,それが通用するのは,国内市場のみである。無料放送のダビングに制限がかかっていない地域では,ダビング10を前提に機能を洗練・強化していっても,相手にされないだろう。

 最近,国の政策としてICT(情報通信技術)分野における国際競争力の強化が叫ばれている。その一環として,テレビ/放送の世界では,日本の地上デジタル放送規格であるISDB-T方式の海外への売り込みに力を入れている。IPTVに関する国際標準の主導権をとる様々な努力も進行中だ。いずれも重要なこととは思うが,本当にこれだけで十分なのだろうか。

 確かに,ISDB-Tが海外で導入されれば,ICT国際競争力の強化に多少の効果はあるだろう。しかし,例えば海外におけるテレビビジネスを見たとき,その地域が「DVB-T(欧州発の標準方式)あるいはATSC(米国発の標準方式)を採用しているからテレビが売れない」などという話は,デジタル放送が開始された当初は別にして,最近はほとんど聞いたことはない。放送方式の違いは,主にフロントエンドに採用する半導体で吸収すればよい。放送の世界は,いったん標準を決めると長期間変わらない。放送方式の違いは,一度開発すれば,そのままかなりの部分を転用できるのである。

 しかし,今後デジタル・テレビがつながるであろうブロードバンドや家庭内ネットを前提にすると話が変わってしまう。FTTHのような高速ブロードバンドが家庭に入り,その家庭にはホーム・ネットワークが張り巡らされる。その下にはパソコンやデジタル・テレビ,各種のデジタル家電がつながる。長い目で見れば,コンシューマのネットワーク環境がこうした方向に移行していくのは間違いない。こうしたネットワークの中では,映像・音声のコンテンツがやり取りされる。放送が提供する映像コンテンツは,その主役の一つになるだろう。

 こうした環境を便利に使いこなせるようにすることが,エレクトロニクス業界の大きな開発課題となっている。しかし,標準化された機能とは違って,ユーザーの使い勝手から研究し,それに合わせたソフトウエアなどの開発を進める必要がある。これは,非常に手間のかかる作業である。しかも,国内向けのダビング10を前提に使い勝手を極めたところで,海外ではまったく通用しない。結局は二重の開発投資が避けられない。海外市場で打ち勝つには,大きなハンディではないだろうか。

 日経ニューメディアは,日経エレクトロニクスと共催で,ネット時代のテレビやデジタル家電の姿を考えるために,2008年6月27日,28日の日程で「テレビはネットで変えられる」と題したセミナーを開催する。通信と放送が融合する時代には,テレビやデジタル家電がネットと連携することが重要になる,と考えるからだ。NHKがネットへの取り組みを本格化させ,アクトビラやひかりTVなどのサービスがスタートした。しかし,ダビング10のままで本当に日本の産業は大丈夫なのだろうか。海外のメーカーはIPTVの開発はもちろんのこと,ネットを前提にした新しいサービスをどんどん取り入れている。例えば,米TiVoというHDD録画機(DVR)メーカーは,米GoogleのYouTube APIへの対応,TiVo to Go,TiVoCastなど新しい試みを精力的に進めている。

 筆者は今でも,無料放送のコピー制御はEPNが最善の解だったと信じている。不正コピーの問題は取り締まりの強化で対応すべきだったと考える。仮にダビング10が導入されるのであれば,ISDB-Tだけではなく,ダビング10の国際展開に力を入れてほしいと願う。