地方自治体の“電子申請離れ”が進行しているようだ。電子申請や施設予約システムの共同利用を検討していた三重県と県内の市町は2008年3月,システムの共同利用によるサービスは当面行わないことを決定した。導入の必要性を感じていない自治体が大半を占めたためだ(図1)。しかも,導入意向がありシステム未導入である5団体のうち「緊急性が高い」としているのは1団体だけである。

 電子申請離れは,三重県だけの話ではない。例えば,市町村との電子申請の共同化を前提に県がシステムを先行導入した富山県や青森県も,現時点において市町村は電子申請を開始していない。利用の少なさ/投資対効果の低さなどから2006年3月末に電子申請サービスを休止した高知県では,現在のところ具体的な再開の予定はない。

図1●三重県内の市町における電子申請システムの導入意向   図1●三重県内の市町における電子申請システムの導入意向
出典:『「平成19年度情報システム共同化調査研究事業」最終報告書』(三重県市町村振興協会,2008年3月)

 日経BPガバメントテクノロジーが昨年11月に実施した「自治体ITガバナンスランキング」の調査結果からも,自治体の電子申請離れを垣間見ることができる。このアンケート調査では,電子申請の導入状況を聞いたのだが,まだ導入していない自治体の半数以上が「具体的な導入予定がない」と回答している(図2)。

 なお,この調査は都道府県と市・23区を対象としたものだ。一般的に言って財政状況がより厳しく,システム担当者の人員もより少ない町・村を調査対象に加えれば,「予定なし」という回答比率はさらに高まるだろう。

図2●自治体(都道府県・市・23区)の電子申請の導入状況
図2●自治体(都道府県・市・23区)の電子申請の導入状況
* 調査実施時期は2007年11月
出典:日経BPガバメントテクノロジー

ASPでコストが下がっても,優先順位は低い

 開発だけで億単位のコストがかかっていた数年前と比べれば,電子申請の導入・運営コストは大幅に下がってきている。各社がASPサービスに乗り出したためだ。三重県市町村振興協会では,ITベンダー数社に対して導入費用の調査を行った。その結果,30団体で共同利用をした場合,5年間で総額1億円台前半で利用できることが分かった。実際に入札を行えば,さらに下がるかもしれない。

 では,コストが下がっても電子申請の導入意向が低いのはなぜなのか。三重県市町村振興協会がまとめた報告書では,共同化を見送った理由として「高額な導入(初期・運用)費用」「先進自治体における利用率の低さ」「必要性や緊急性が乏しい」といった自治体の声を載せている。確かにASP化でコストは下がったが,利用率を考えるとそこに投資するには至らないということであろう。また,申請や手続きに関する住民サービスの向上について意見交換したところ,電子申請よりも「日曜開庁」「3月末や4月当初の繁忙期における休日開庁」「窓口業務時間の延長」「宿直者による交付」の方がよいという意見が出たようだ。しかもこちらのほうが「地元住民の雇用促進にもつながる」。現状の電子申請の利用度を見れば,首肯せざるを得ない意見であろう。
 

地方の現状とかい離する国の電子政府施策

 こうした地方での“電子申請離れ”とは関係なく,国は電子申請を引き続き推進していくようだ。4月1日に開催された内閣府の「第6回 経済諮問会議」では,電子政府がテーマとして取り上げられた。発表資料を見る限り,IT新改革戦略の大目標である「オンライン申請率50%」達成に向けての電子申請の使い勝手改善や行政効率化の取り組みについての議論が中心だったようだ。

 「住基カードの無料配付」「手数料引き下げなどインセンティブの拡大」「添付書類の削減」「ワンストップ」などなど,資料を見ると様々な方向性が示されているが,住基カードの利用が前提になっている限り,普及は難しいような気がする。仮に住基カードが全員に配付されたとしても,「家庭・ICカード・パソコン」という3点セットのサービスは過去に民間でも成功事例がないことは既に指摘した通りである。コンビニの端末を利用するアイデアも出ているようだが,総務省の報告書を見る限り環境整備のハードルは高そうだ。また,都市部以外ではコンビニが身近に存在しない地域も多く,はたして電子申請離れが進む自治体や住民にどの程度アピールする施策なのかという疑問も残る。

 まずはもっと簡単なところから,例えば,電話やネットで申請の予約をして,窓口で本人確認をすることですぐに書類を受け取れるようにするなどの「ローテク電子政府」の取り組みを,推奨・推進すべきではないだろうか。

 また,そもそも普及策を練る以前に問題なのは,パソコンもインターネットも,世帯普及率が全国平均で50%台前半にすぎないという点である(「家計消費状況調査,2007年」参照)。これではいくらがんばっても申請率50%が実現するとは思えない。そこをどうするのか。これからの時代,パソコンやネットの普及率は放っておいても上昇するかもしれないが,高齢化が進む地方でも同じことが言えるのだろうか。これは個人利用に限った問題ではない。今も多くの小規模事業者はパソコンを十分に使いこなしていない。このことは電子入札が普及しない/導入できない一因にもなっている。

 電子申請を推進するために,使い勝手や行政効率化を追求するのは当然だ。だが,その前提となる「パソコン/ネットを使って電子申請ができる人を増やす」ための施策を,電子申請の普及策と同じ俎上で,もっと強調しながら進めるべきではないだろうか。一般家庭においてパソコン/インターネットを使うモチベーションを上げるために,電子申請がキラーコンテンツになるとは思えない。逆に,パソコン/インターネットを使う人が増えれば,電子申請も(便利なら)使われるようになるはずである。地方自治体にとっても,「パソコン/ネットを使いこなせる人が地域に多く存在すること」は,情報格差をこれ以上拡大させないための基本的な要件として必要なのではないだろうか。